1 章 - 05
1 - 5. 鋼暦 3314 年 3 月 6 日 - ヴァンガード国 - フォーク遺跡
日をまたぎ、地下 51 階層に到達したイスマルは、ハッキングツールで警備室のロックを解除した。イスマルの予想通り扉は開かない。正規の手順を踏んでいないためだろう。
イスマルはカミソリの刃も通らないような隙間に剣を滑り込ませた。
「うぬぬ!」
軋んだ音を立てて扉が左右に開いていく。
理不尽な扱いをされているにも拘らず、鋼銀製の剣は折れない。それどころか表面に傷すらつかず、作られた当時の姿のままあり続けている。
このように硬い金属は、硬いゆえに折れやすいことが多いのだが、鋼銀は破壊に対する耐性も高い。例え剣の平をハンマーで叩いても壊れず、工業用の機械で圧力をかけない限り曲がらない。
つまり鋼銀製の剣は、人間の力ではどのように扱ったとしても壊せないということだ。
「ところで、マスターは泥棒なのですか?」
イスマルは柄から手を滑らせた。危うく刃に触れるところだった。定期的に研ぎに出しているので触れただけで指が落ちる。
イスマルは怒鳴った。
「誰が泥棒だ!」
「手馴れているようでしたので。セキュリティレベルの高い扉をこれほど簡単に解除できる人間を私は見たことがありません。
そうだとしても、私はマスターの人生をサポートするためのアストラル・ビーイングです。強姦魔であろうと思想犯であろうと気にはしません」
「失礼な遺物だな! 俺はトレジャーハンターだ! この遺跡には国の依頼で潜ってるのだ!」
「国ですか?」
「ヴァンガード国に格付け調査を頼まれて調べている。お前らにとっちゃ俺は侵入者みたいなもんなんだろうが、ここは何千年だか何万年だか眠っていた遺跡で、当時の国や組織なんかは当然いないわけだ。お前の知る法に沿っているかどうかの議論には意味がない。今じゃその法は無効になってるしな」
「ロジェ・カナール社に侵入した理由は分かりました。そのように設定しておきます」
「設定って何だよ」
「表現に深い意味はありません。
ところでマスター。この施設から出た暁には情報収集にご協力ください。文化や経済などを理解すれば、より円滑なサポートが行えます」
「地上に出られたらいくらでも教えてやる」
「ありがとうございます。それと私は遺物ではなく人工参謀です」
「分かった分かった」
警備室に入ると、右手に広い空間があった。透明な仕切りで区切られた向こう側は演劇ホールのような空間になっていて、何台もの端末が置かれていた。
イスマルはホール脇の階段を降りていく。一番下の壁は全面スクリーンになっている。
イスマルは真ん中ほどまで降りると、左に曲がってホール中央にある副制御装置の前に立った。
「ありふれたタイプだな。これをぶっ壊せばガーディアンをかく乱できるか?」
「ネガティブ。制御装置が一つでも機能していれば、ガーディアンは侵入者に対して連携して対応します。中央制御装置と副制御装置のすべてを停止させない限り無意味な労働です」
「何とかならんか」
「私を副制御装置に近づけてください」
「こうか?」
「エネルギーを節約するため、なるべく接触させてもらえると助かります」
「注文の多い遺物だな」
「遺物ではなく人工参謀ですマスター。開発主任のユーザ権限が生きていれば良いのですが」
光を吸い込んで黒々としていたモニターが、光を放った。ようやく画面が安定すると、やはり経年劣化によるものなのか、ところどころ映らない部分がある。
「管理システムへのアクセスを開始します」
イスマルにも読み取れない速度で文字が流れた。雨というよりは滝のようだ。どうやらハッキングを仕掛けているらしい。
いくら所有者が変わったとは言え、製造元に不利益な行為を平然とやるあたり、どういった論理回路を持っているのかとイスマルは不安に思った。
「いや逆に考えれば、頼もしいか?」
「開発主任のユーザ権限を掌握しました。同一パスワードの文字列置換と末尾変更程度ではセキュリティは担保出来ないと言ったではありませんか」
「誰に言ってんだ?」
「気にしないでください、ただの独り言ですから。
――システムへのアクセスに成功。グループ構成に大幅な変異が見られます。どうやらロジェ・カナール社は別組織になったようですね。
――ユーザの権限不足によりガーディアンへの干渉はできません。
――メンテナンスグループに所属していたため、エマージェンシーコードの発動が可能です。震災エマージェンシーコードを推奨します」
「それをやるとどうなる?」
「警備体制が震災モードにシフトし、重要施設以外のロックが解除されます」
「地震対策か。それなら好都合だ。やってくれ」
「震災エマージェンシーコードを発動させました。重要施設を除いた部屋のロックが解除されます。
このままではエマージェンシーコードが解除される可能性があるため、システムの破壊を推奨。
あるいはもう一つの選択肢として、本ユーザを基点としてクラッキングを続行することができます。管理者権限を掌握すればガーディアンへの干渉は可能です。ただし、解析には数時間から最大で 30 日間かかると予想されます。
どうしますか? マスター」
「1 ヶ月も待ってられるか。システムを壊してすぐに逃げるぞ」
「了解しました。システム復帰を妨害するため、クラッキングを開始します。
――第 1 段階。メンテナンスコマンドとバックアップファイルを含めて書き込み可能ファイルを可能な限りランダム破壊しました。
――第 2 段階。認証付きバックドアを設置。
――第 3 段階。システムの再起動を実行。
――第 4 段階。バックドアから侵入成功。削除できなかったメンテナンス・コマンドを使用ロックさせます。領域外からロックしているため、仕組みを解除して再起動するまでは使用できません。
――最終段階。ユーザの実行環境を消去。ログの消去ができないため、サイズオーバーフローさせて痕跡を消します。
いずれも古い方法ですが、時間稼ぎにはなると思われます。
逃げましょう、マスター」
「よく分からんがご苦労だな」
「いえ」
モニタの照明が消え、暗くなった中央制御室でイスマルは時間を見た。
「もうこんな時間か……休憩する部屋を見つけないと。何だ? 通信機か――」
腕時計型の高機能ツールが振動で着信を告げた。イスマルは脇についているボタンを押して通信に出た。
「イスマルか!?」
通信状態が悪いらしく、腕時計表面のモニタは砂嵐しか映っていない。声はかろうじて届く。
「聞き取りづらいんだが、プルートゥか?」
「そうだ! まだ生きてたか!」
「お前が後生大事に仕舞い込んでるウィスキーを飲むまで、くたばるつもりはねえ」
「それだけ言えれば大丈夫だな。突然入り口のロックが解除されたぞ。通信ジャマーも消えた。何をした?」
「51 階層の副制御装置で遺跡の防衛システムを妨害した。遺跡のロックはだいたい解除されたはずだ」
「良くやった!」
「喜ぶのは早えぇよ。人型ガーディアンが侵入者を探してうろつき回っているから入るのはやめとけ。危険度 S だ。外装が硬すぎて俺じゃどうにもならん。逃げるのを前提としても、特 A 級レベルじゃなきゃまず死ぬぞ」
「高ランクのトレジャーハンターはお前しかいない。となると少し惜しいが、発破を仕掛けて崩落に巻き込むか」
「その辺は任せる。あと A 級の犬がかなりうろついている。こんな状況だからいったん地上に戻ることにした。帰還は 2 日以内の予定だ」
「了解した」
「発破を仕掛けるなら俺を巻き込まないようにしろ」
「タイミング次第だな。合図するからそっちでよけてくれ。じゃあ切るぞ。気をつけろよ」
「っておい! 切りやがった!」




