1 章 - 04
1 - 4. 鋼暦 3314 年 3 月 5 日 - ヴァンガード国 - フォーク遺跡
人型ガーディアンに邂逅すること 6 回。壮絶な鬼ごっこの果てに、イスマルは地下 35 階層に到達していた。
「20 時。遺跡に潜ってかれこれ 58 時間。腹減った。生体タイプのガーディアンなら喰えるかどうか試す気になるが……機械じゃ無理だ」
イスマルは溜息とともに高カロリーのタブレットを飲み込んだ。 1 錠で成人男性 1 日分のカロリーを摂取できるビタミン入り非常食だ。不幸なことに、栄養価は十分であっても空腹までは満たされない。
イスマルは 2 週間分所持しているが、心身ともに健全でいられるのは 1 週間程度ということを実体験から知っていた。それを過ぎると短慮になり狂暴化する傾向にある。冷静な判断力が要求される遺跡探査では致命的な症状だろう。
水は 5 リットル分を用意していた。普通なら節約しても 3 日分にしかならないが、イスマルはカプセル式の浄水器を持っていた。海水ですらろ過する逆浸透方式の浄水器であれば、小便から水が作り出せる。ただし、カプセルの浄水量は 10 L とされている。
イスマルにしてもろ過した液体を飲むのは、うんざりした気分にさせられる。たまには気分よく水を飲みたいので、イスマルはコップ一杯ほどの水を飲むことにした。
ついでに排泄を済ませる。水色のダストバッグに用を足し、バックパックの底に仕舞い込む。排泄物はなるべく持ち帰ることになっているのだ。面倒だからと言って立ちションで済ませようとしてはいけない。汚すと掃除屋とクライアントから苦情が来るし、報酬を差っぴかれる。また、遺跡に備え付けてあるトイレを使ってもいけない。どうせ水は枯れているのだから。
「3 日で 35 階層ならまあまあのペースだ。通路にトラップはなし。厄介なのは人型ガーディアンだけ。奴にさえ気をつければ、難易度はそう高くねえ。危険度 S に難易度 C くらいか。アンバランスな遺跡だ。 1 階層当たりの面積は広くないから、 100 階層まであっても難易度 B だな。切りのいいところで 50 階層まで行って引き返すか。
奴らに伝えた期限は過ぎるが、調査が進む分には構わないだろう。帰る頃には扉が開いていると信じたい」
イスマルは目ざとくセンサーを見つけては、デモリッシュツールを仕掛けていく。
イスマルが離れて数秒後、通路の天井に設置されたセンサー類が爆発音と共に破壊された。ガラス片と金属片が舞い落ちる。
デモリッシュツールは狭い範囲を破壊し、センサーを汚染する爆発物である。トレジャーハンターはこのような手法で遺跡を無害化していくのだが、使用には注意が必要だ。自分の居場所を宣伝して歩いているようなものなので、注目を集めてしまうのだ。
デモリッシュツールを使用した後は、追跡者の目をくらませる必要がある。イスマルが良く使う手は、雪狐のように自分の足跡を踏んで後ずさる方法だ。単純だが意外と効果がある。
早速、浮遊型ガーディアンが爆発を聞きつけて来たが、イスマルに気づかず通り過ぎて行った。イスマルは曲がり角に身を潜めつつ、急いで遠ざかった。
初期探索は、神経を使うわ時間がかかるわで、駆け出し程度のトレジャーハンターには荷が重い。しかし遺物を見つけた場合に安く購入できる権利を持つため、 A 級以上の実力者には好まれた。
イスマルが地下 35 階層を探索していると、今までとは雰囲気の異なる部屋を発見した。中央銀行の金庫室もかくやと言うほど、分厚い扉に守られている。
「こりゃあ虎穴だな。持ち運びできる遺物だといいが」
扉の横に備え付けられたパネルをハッキングツールで攻略する。機能が死んでいるようで、開錠後も扉は開かなかった。
イスマルは扉の隙間に剣を差し込み、粗暴ともいえる行動に出た。剣の柄に力をかけ、テコの原理で扉をこじ開ける。
「ぐぬぬぬ……」
扉が重い音を立てて開いていく。
道具を大切にする人間からしてみれば、めまいがしそうな光景だろう。
普通の剣はこれほど丈夫ではない。鋼鉄の剣などは、こんな使われ方をすれば折れるか曲がるかするのだが、イスマルの剣は鋼銀製で、人間がどのような力をかけても破壊することはできないほど頑丈だ。
遺跡は動力が来ていないことも多いので、イスマルの剣はバール替わりに使われることが多かった。
人ひとりが入れる程度の隙間が空くと、イスマルは素早く部屋の中に滑り込んだ。生活感とは対極の、よどんだ機械の臭いがした。もっとも 1 万年単位の年月を経ていては、人が住んでいた部屋であっても生活感は消え失せている。
ガーディアンはこの部屋が開錠されたことに気づいただろう。機械仕掛けの人形が殺到する前に、お宝を掻っ攫って逃げなければならない。
「時間勝負は嫌いじゃないが……ん?」
イスマルはライトを点けようとしていた手を止めた。
部屋の中央にぼんやりと輝く光源が見えた。イスマルにはその明かりだけで十分だった。
それは円形と方形を組み合わせたような台座だった。
「どこかの遺跡の模型か? 前方後円墳ならヒイズル国だが……こんな形状に覚えはねえな」
円形の台座の上には、高級そうなブレスレットが置かれていた。中央には存在感のある宝石が嵌め込んである。
厳重に保管されているからには、それなりに重要な遺物なのだろうと推測する。
「まさか台座が本命だったりしないよな?」
実際、ダミーに目がくらんで本命を見過ごした話は、トレジャーハンターの間で酒の肴としてよく語られている。財宝を見逃した挙句笑われるのでは割に合わない。そのような目に合わないよう、トレジャーハンターは知識を溜め、目を磨く必要がある。
イスマルは詳しく調べるためライトを点けた。腕時計タイプの高機能ツールを操作してライトをスポットから拡散モードにする。
最初は台座の周囲を慎重に調べた。
罠らしきものはなかったので台座の本体に移った。
中央から方形の台座に向かって 7 本の溝が放射状に刻まれている。台座の輪郭と溝は青い光で縁取りされていた。部屋の光源はそのかすかな光だった。
「エネルギー供給装置か。罠はなさそうだが……」
イスマルはいつでも飛び下がれるように用心しながら、ブレスレットを剣で手繰り寄せた。剣の先に引っかけて持ち上げると、台座の光は力尽きたように消えた。
「げ、止まった……」
イスマルは眉をひそめ、手のひらに乗せた遺物を眺めた。
「腕時計……か?」
「アウェイク。生体パターン認証が未登録です。登録を行ってください」
「うわっ!」
イスマルは、上空に放り投げてしまった遺物を慌ててキャッチした。
「ビビったぜ……古代共通語だな」
「通常モードでシステムを起動するために、個人情報を登録してください」
「お前は何だ?」
青い宝石が一瞬だけ強く輝いた。
「私はロジェ・カナール社製の人生支援システム。製品名――人工参謀。開発コード――ギデオン。製造番号 RC02-INT-G000013E」
「人生支援システム? 想像できん。何をする装置だ?」
「簡潔に表現するなら、人生をサポートする装置です。
エネルギー残量が 2% を切りました。充填器の損壊を確認。エネルギーが消耗しています。
このままですとスリープモードに移行します。スリープモードからの復旧は初期パスワードが必要です。
生体パターン認証を登録することで、安全性の低いパスワードの使用を避けることができます。
エネルギー残量が 1% 以下になると、システム保護のためにシステムダウンします。システムダウン後はロック解除が必要です。
本体を装着して生体エネルギーを充填することをお勧めします。
スリープモード移行まで残り 40 秒。 39 、38 ……」
「待て待て!」
「35、 34、 33 ……」
「腕につけりゃエネルギーを充填できるのか?」
「アファーマティブ。 29、 28、 27 ……」
「何だそりゃ? イエスってことか?」
「肯定します」
「直接身につけて実害はないんだろうな?」
「アファーマティブ。身体的不具合は一切生じません。20、 19、 18 ……」
「ちょっと待ってろ」
ヤケに着用を推してくるなと警戒しながらも、古代遺跡がわざわざ厳重な警備を敷いてまで守っている遺物を使えなくするのはあまりにも惜しい。
イスマルは一瞬のためらいの後、右腕をまくった。左手首には腕時計型高機能ツールがついているので、慣れない左手で、苦労しながら右手首はめた。
「エネルギー充填可能。使用条件を満たしたため、生体パターンの登録を開始します。
――アストラル・プレインへのアクセスを開始。
――生体エネルギーによる充填中……充填完了まで推定 86,286 時間。
――生体パターンの登録完了。
――エネルギー・セイヴィング・モードで稼動。
以後よろしくお願いします。マスター」
金属ベルトのようだった部分からつなぎ目が消え、イスマルの右手に隙間なく吸い付いた。
「外せるんだろうなこれ……」
イスマルは引きつった顔で右手首と一体化した遺物を見た。
「聞きたいことは多々あるが、まずはここのガーディアンを止める方法が知りたい。分かるか?」
「回答不能。ガーディアンとは何でしょう?」
「侵入者を排除する人型やら犬型やらの機械だ」
「警備用イノガロイドをガーディアンで辞書登録します。
先ほどの質問に対する回答はアファーマティブ。中央制御室か、警備室の副制御装置でコントロールすることが可能です」
「近いのはどっちだ?」
「50 階層毎に置かれた警備室です。現在地は 666 階ですので 16 階下にあります。
なお中央制御室は 350 階にあります」
「げ、そんなに深いのかよ! 一体何階層まであるんだ!?」
「このビルは地上部分が 700 階、地下に 10 階。計 710 階層あります」
「本来なら屋上だったところから降りてきたってことか。地下 35 階層じゃなくて 666 階層ってことは 650 階層まで降りて制御装置を壊して 700 階まで登って地上へ――ややこしいな」
「このフロアを地下 35 階層と定義し、今後もその方針で説明します。最寄りの警備室は地下 51 階層になります。マップを表示します」
サファイアのような人工参謀の本体から淡い光が照射された。光の中に遺跡の立体投影図が浮かび上がった。
「ホログラフか……現在位置がここなら、階段がここで、ルートはこう……」
「ナビゲーションを開始します。部屋の外に出て通路を右に進んでください」
「お、おお……」
イスマルは人工参謀の道案内で更なる地下に潜って行った。




