1 章 - 03
1 - 3. 鋼暦 3314 年 3 月 3 日 - ヴァンガード国 - フォーク遺跡
ヒイズル国のトレジャーハンターとして名を馳せていたイスマル・ミドーは、ヴァンガード国からの依頼を受け、古代遺跡の探索をしていた。
度重なる遭遇戦を重ねながらも、イスマルは地下 5 階に到達。幾何学模様のラインが刻まれた薄暗い廊下を用心深く歩いていた。
横合いから気配もなく蜘蛛型ガーディアンが現れた。脚での突きを避けたイスマルは、赤銅色の胴体を蹴飛ばした。
「甘いんだよ!」
蜘蛛型ガーディアンは 8 本の脚を蠢かせながら仰向けに倒れた。イスマルは起き上がろうとする蜘蛛型ガーディアンの腹を踏み潰して止めを刺した。蜘蛛型ガーディアンはしばらく震えていたが、やがて動かなくなった。
「まだ 5 階層でしかねえってのにこうもガーディアンが多いんじゃな。地図が埋まらねーぜ」
お抱え調査団ならともかく、個人経営のトレジャーハンターでは人海戦術によるローラー作戦など夢のまた夢。遺跡の隅々まで調査することは不可能である。
イスマルは遺物の発掘から格付け調査に思考を切り替えた。もともと遺物探しはついでといったところだ。探したからと言って見つかるわけではないし、探さないからと言って見つからないわけでもない。むしろ血眼になって探すより、広い視野を持って調査する方が見つかりやすい気がする。運が良ければお宝に巡り合えるだろう。
「む?」
気配を察知したイスマルが振り向くと、新型のガーディアンがこちらに向かってきていた。ガーディアンはメタリックな人形のような外見をしている。
「こいつがジェノサイダーか!?」
イスマルは身を低く、剣を下段に構えて走った。
初見の敵に遭遇したとき、用心深いトレジャーハンターなら相手の様子をうかがうだろう。しかしイスマルの流儀は即断即決。危険度が高そうなガーディアンであろうと、最初の攻撃を躊躇しない。
その行動パターンは本能と呼んでも差し支えないレベルで体に染み付き、脊髄反射レベルで実行されていた。相手が反応しきれないうちに攻撃し、分が悪いときは思い切り良く退却する。
イスマルの動きは素早く、黒い服装と相まって薄暗い通路の闇に溶け込んだかのようだった。
イスマルは走りながら剣を振り上げた。その剣の動きに、ガーディアンは反応した。明らかにイスマルの姿を捉えている。ガーディアンは暗闇で行動に支障をきたすことがない。
お互いの間合いに入った時、床に着きそうなほど低い位置にあるイスマルの頭に、人型ガーディアンは右腕を振り下ろした。
イスマルは左手を床について急激に上体を起こす。金属製の手がイスマルの鼻先を通過して床に激突し、破片をまき散らす。
上体を起こし切る直前に、イスマルはバネのような勢いで床を蹴った。普通の人間ではあり得ない初速だ。その跳躍は垂直方向で 2 m にも達した。
人型ガーディアンは虚を突かれたようだった。コンマ何秒かの停滞。
イスマルが人型ガーディアンと交差する瞬間、左手に持ち替えた剣が振るわれた。銀色に輝く剣が、イスマルの左足に沿って人型ガーディアンの首筋へとへ吸い込まれる。
ギィィィン!
「嘘だろ!」
人型ガーディアンは何事もなかったかのように、振り下ろした手を戻した。
相手が人間だったなら、胴体と首は泣き別れになっただろう。しかし銀色の首筋には、傷とも呼べない線が入っただけだった。
速度、刃筋、共に問題はなかった。刃を叩きつけるのではなく、引き斬った。だが、人型ガーディアンの装甲はあまりにも硬過ぎた。刃は装甲にいささかも食い込むことなく、弾かれてしまった。
かすり傷くらいはつけられると予想していたイスマルは、理不尽な結果に目を剥いた。
「ガヒュン!」
人型ガーディアンは、時計回りに上半身をひねった。空中にいるイスマルに右のバックハンドを叩きつける。
まともに食らえば致命傷だ。しかし、イスマルは身を投げ出すようにして着地した。
メタリックな腕が何もない空間を空しく通り過ぎた。
イスマルは両腕、両足で着地の衝撃を吸収し、時計回りに移動。頭上の風切り音に身震いしながら人型ガーディアンの背後に回り込んだ。
「頭がダメなら足元はどうだ!?」
地を這う閃光は人型ガーディアンの足首を傷つけることができず、やはり表面を滑り流れた。
「チッ駄目か! 硬すぎるっての!」
「キン……キン……」
人型ガーディアンはイスマルの姿を見失っていた。頭部のヘアバンド状センサーで全方位を走査。すぐに背後にしゃがみ込んでいるイスマルを発見した。
人型ガーディアンは、人間には不可能な動きで両腕を背中側に回すと、カマイタチすら起こせそうな速さで手刀を繰り出した。
「はっ! おっと! ひい! 危ねっ!」
この攻撃をイスマルは予想できなかった。
人型ガーディアンにとって体の前後はあってないようなもの。いつの間にか前後を入れ替えていたのだ。
人型ガーディアンはイスマルに 3 度腕を振るい、そのことごとくが空を切った。人型ガーディアンの動きが遅いのではない。普通の人間なら 3 回は死んでいる。恐るべきはイスマルの反射神経だろう。
「こいつ強えぇ!」
「ガガ……ガ……」
言葉を解さないはずの人型ガーディアンも似た思いを抱いたのか、互いに距離を取った。
イスマルはガーディアンの全身を観察した。全身の装甲は破壊不可能。人間が身に着ける鎧のような隙間はない。関節の可動部分に黒い隙間――カミソリのような線が見えているが、刃を入れられるような隙間ではない。
人型ガーディアンは突然けたたましい音を発した。
「ガガ……キィィィン!」
イスマルに機械の言葉は理解できなくても、それが引き起こす結果は想像できた。
「この野郎、仲間を呼びやがったな! おいバカやめろ! 誇りはないのか! 喧嘩の弱いチンピラか!」
ガーディアンに与えられた使命は侵入者の抹殺である。侵入者を見つけたら速やかに除去する。逃げられても草の根分けても探し出す。そのためには手段を選ばない。そのような存在に、誇りなどを持ち出す方が間違っている。
ガーディアンは冷徹な思考回路でイスマルの身体能力を測っていた。そして逃げられる可能性が高いと判断し、アラームを発信した。
イスマルは軽く反りのある剣を横一文字に振った。峰打ちで人型ガーディアンの横っ面をぶん殴る。峰打ちとは言いつつ、イスマルは殺意を込めた。人食い熊でも脳挫傷するほどの衝撃だったが、超硬度の外装を持つガーディアンには、少し揺れた程度にしか感じない。
理不尽なまでの強度に、攻撃を仕掛けたイスマルの両腕が肩までしびれたが、アラームは止んでいた。
「クソ石頭め! 憶えてやがれ!」
これ以上の攻撃は難しいと判断したイスマルは、自分こそが三下が使いそうな捨て台詞を吐き捨てて逃げ出した。
トレジャーハンター生活で磨きをかけた逃げ足だ。ガーディアンと言えども早々追いつくものではない。
「逃げたんじゃねえぞ! 戦術的撤退だ!」
イスマルは誰かに宣言しながら、来た道を逆方向に疾走した。
「あの人型ガーディアンはヤベーな。生還者の話にゃ聞いてたが、倒せる気がしねえ。鋼銀合金製プレス鋳造の剣でかすり傷一つつかねえってどんな素材だ。剥ぎ取って持って帰れば一財産どころか二財産だが……やめとこう、相手が悪すぎる」
イスマルはめぼしい成果も得られぬまま、体勢を立て直すためにいったん地上に戻ることにした。
5 段飛ばしで階段を登り、地下 1 階層へ。地上に続く階段は別の場所にある。進路上のガーディアンを蹴散らして通路を曲がると出口が見えた。扉の向こうは地上への階段だ。
イスマルに手を振っていた後方支援部の顔が引きつった。目の前で、扉が閉まっていく。
「何が起こった!?」
「ルートだ! 迂回ルートごとつぶされた!」
「悪い! 遺跡のシステムが回復された!」
「おいおい! ハッキングされてんなよ!」
イスマルは慌てて走った。
むしろハッキングを仕掛けたのはヴァンガード国側であり、古代遺跡は機能を回復させただけである。
「すまん、こっちのミスだ!」
到底間に合わないと判断したイスマルは、わずかに開いた隙間目がけてメモ帳を投げつけた。
「このまま深層を探ってくる! 3 日くらいで戻るからそれまでにアンロックしとけ!」
重々しい扉の向こうで、調査隊の 2 人が引きつった顔で頷いた。
「わ、悪りぃ!」
「幸運を!」




