1 章 - 01
1 - 1. 鋼暦 3334 年 6 月 7 日 - ヴィシュタ国アイント遺跡
「ようやくここまで来ましたね、マスター」
「ヴィジュゥ遺跡の古代文字を解析してから 33 年か。俺もすっかり爺になっちまった」
「60 歳にしては若く見えます。髪の色を除けばオッサンで通じるかと」
「誰がオッサンだ! いらん言葉ばっか覚えやがってこの呪いの腕時計が!」
「ネガティブ。
何度も言っている通り、私は腕時計ではありません。
ロジェ・カナール社製の人生支援システム。製品名――人工参謀。開発コード――ギデオン。製造番号 RC02-INT-G000013E。栄えあるギデオンシリーズのラストナンバーを飾る、最も汎用性の高いデバイスです。
北はノーティス帝国皇帝から南はサーボ財閥総帥まで、およそ買えないものはないと言われた権力者にも手に入らないものがあると世間に知らしめたスーパーインテリジェントでば――」
「うるっせえよ!? その台詞は耳タコなんだよ! しかも毎回微妙に変えて来やがって! はコスパが悪過ぎて製造が打ち切られたのは知ってんだぞ!」
「……プルートゥ所長ですね? チッ、あのおしゃべり所長。沈黙は金の格言を知らぬとはゴホン。いろいろ事情はありましたが、量産体制が整えばコストは抑えられたはずでした」
「1 個作るのに大国の国家予算が必要なもんを簡単に量産できるか。むしろ 13 個も作ったことに感心するわ」
「1 個体を作るのにロジェ・カナール社の資産を上回る負債が発生したため、出資希望者を募って製造コストを確保していました。まさに自転車操業ですね。しかしそれも長くは続かず、ついには破産の憂き目に」
「打ち切りじゃなくて倒産かよ! ということはお前が止めを刺したわけだ」
「ネガティブ。巨大複合企業という立場にあぐらをかいて湯水のように費用を使った開発部と、資産運用の見通しが甘く経営危機管理を怠った経営部の責任です。
中でも致命的だったのは、宗教関連でアストラルの知識が異端扱いされたことです。
実際は、国家間の足の引っ張り合いを真に受けた、持ち得ぬ者たちの妬みが暴発した結果でしたが、結局ロジェ・カナール社も自然の摂理には抗えなかったということでしょう。
――猛き者もついには滅びぬ。ひとえに風の前の塵に同じです」
「ヒイズル国の古文書の一文じゃねえか。内容については同意するが、止めを刺した奴が言う台詞じゃねえぞ。だいたいはめたら取れないって呪いの装備じゃねえのか!? カント寺院はどこだ!?」
「どうしたのですマスター、認知症ですか? 局番案内にコールして黄色い救急車を呼びますね」
「そりゃ都市伝説だろ! 機械のくせに韜晦しやがって! スクラップ屋の番号でも聞いてろ!」
「私に立方体の金属塊になれと? 容量から言って二束三文ですよ。それ以前に、マスターと私は一心同体」
「こいつ剥がれるつもりねえな」
「アファーマティブ。
私には既にマスターの情報が登録されていますから、マスター以外の人間には利用する権限がありません。外れたところで誰にも使えず、倉庫の隅で朽ち果てていくのが落ちです。認証情報をリセットする技術は遠い過去に消えました。私の存在意義はマスターの人生をサポートすることですので、テコでも外れませんよ」
「何て手前勝手な道具だ! お前を作ったカナール社とやらはイカレてる」
「お言葉を返すようですが、初期状態の私はニュートラルな人格に調整されていました。この性格はマスターの影響を受けて成長した結果です。 20 年前の出会いを思い返していただければ分かると思いますが」
「20 年前のことをそう簡単に思い出せるか。まあ遺跡の構造や遺物、ガーディアン、大まかなトラップなんかは思い出せるが」
「悲しき職業病ですね」
「やっぱり何があったかってのは覚えてねえや。いや、覚えられなくなってきたのか」
「……」
「昔はそれなりに記憶力は良かったはずなんだがな。ジジイになると記憶を掘り起こすのが一苦労なんだよ」
「そのための人工参謀です。マスター、立体映像で再生しますか? それとも脳内再生にしますか?」
「時間が惜しいから脳内再生で頼むわ」
「アファーマティブ。鋼暦 3314 年 3 月 3 日前後の記憶再生処理を行います」




