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第7回

現実でない架空の世界での夢物語なのだが、起きて夢のプロットを辿ると、(あなが)ち私と悟君が研究しているテーマと類似性がなくもない。ただ、私達の研究では選択肢があるものの後ろへ下がることはなく、いずれかの判断をして前へ進むのだ。そこに介在する前後ゴフンという時間の軌跡、運命の変化を探ろうとしている訳である。その辺が夢とは違った。

  二日後、悟君から電話が入った。家に来るという。土、日の休みだったので、私は快諾した。三十分ほどして、悟君が自転車でゆったりやってきた。土地成金の彼が高級乗用車に乗るでもなく愛用の自転車でやってくる様を見ると、一種、変人の(おもむき)を感じないでもない。勿論、彼は運転免許をもっている。齟齬(そご)なところが町内人気を得ている要素の一つなのかも知れない。それに彼は偉ぶる素振りも見せず、いつも低姿勢で人と交わる点も加味すれば、至極、当然の成り行きのようにも思える。金にモノを言わせない性向が、私を魅了する。一方、塩山の方は得体の知れない不気味さが興味を引く。いずれも手離し難い逸材に思えるのだ。

「正夫はん、(はかど)っとりますか、研究の方? こっちは、さっぱりですわ」

  愚痴めいた挨拶で玄関がガラリと開かれ、悟君は陽気に入ってきた。

「まあ、上がってくれ、遠慮せんと…」と彼を卓袱台(ちゃぶだい)に座らせ、缶ビールを二本置いた。

「まあ飲めよ、そこのツマミでも(かじ)って…。…実は塩山さんを、君も知ってるだろ?」

「はぁ…」と肯定し、悟君は煎餅をサッと(つま)む。

「この前さあ、偶然、出会ったんだけどね、…彼が言うには、研究所へ参加させて欲しいと言うんだ」

「へぇー、あの人がねえ。とてもそんな話に乗るような人には見えしまへんけどね」

「…、それはそうなんだけどね…まあ彼はそう言うんだわ」

「僕は別に構しませんけど…、正夫はんが、ええのやったら」と、悟君はビールを飲むことのほうが大事なようだ。

「ということは、今後は三人の共同研究ってことになるよ?」

「はあ、それでええやないですか」

  全くの無頓着である。そこで私は、塩山の件はひとまず外して、「ところで、君の研究成果について聞こうじゃないか」と話題を変えた。

「僕でっか? んっまあ、これというのはないんでっけど、つい先だって八百半へ行ったんでんがな。そこで、ちょいとしたことがあったんでね…」

「ふん、どんなこと?」

「それが、けったいでんにゃわ…。あのお人好しで陽気な精吉つぁんが、その日に限って、なんか偉い(イン)に籠っとるんですわ」

  私は、「ほぉ…」と相槌(あいづち)を入れた。

「適当に買物の品を漁る振りをして、なんでやろな? と様子を見とりますとな、訳が分かったんですわ。といいまんのはね、精吉つぁんの仕草でんにゃ」と言うと、悟君はビールを一口グビッと飲み、喉を潤した。

「あの人ね、売れ残って安めに値下げ札つけたんでっしゃろな。それでも余り売れてえへん品物の前に立って首捻ってまんにゃ」

  私はふたたび、「ほぉ…」と相槌(あいづち)を入れた。

「つまりは、店の商品回転の悪さでっか? はよ言うたら店の収入の目減りかなんか、そんなもんで悩んでたんでっしゃろな」

「ということは、店の景気が悪いってこと?」

「ンまあ、そうなんでっしゃろな。話は、ほの後のことでんにゃ」

  佳境に入ってきたのか、悟君のボルテージが上がった。

「僕もね、精吉つぁんばっかし見てられしまへんがな。籠の中の買い物のもんを確かめて、今日はこれぐらいでええかとレジへ急いだんですわ。途中で精吉つぁんと()れ違いざまに、『景気どうでっか?』と、つまらんことを言うてしもたんですがな」

「それは(まず)かったな」

「そうでんにゃ、そらもうマズかったんですわ。精吉つぁん、答えに詰まりよりましてな。『はあ、まあなんとか…』と、よけい元気なくしてしもて…」

「そうか…。俺も精吉つぁんはよく見とるし懇意にさせて貰ってるから、あの人の性格は知ってる。何かあったのかな? …妙だ」

「恐らく、そうでっしゃろなぁ。僕もいらんこと言わなんだら、ようおましたが、研究してるゴフンの軌跡でんがな。買物袋ぶらさげて、トボトボ帰る道すがら、もし声かけなんだら余計に落ち込まさんと済んだんちゃうか…と思えてきましてな、正夫はんの言うてたゴフンの考察をしたんですわ」

「なるほどねぇ。…、ウン、これは研究に(あたい)するだろう。だが問題は、その後の精吉つぁんの変化だな。その発言以降の…。それについては?」

「はあ、そう思て引返してみたんです。そして遠目(とおめ)で店内を見ると、精吉つぁん、いよいよ深刻になっとるんですわ」

  私は、「ほう…」と、三度目の相槌(あいづち)を入れた。

「言わなんだら、どないやったろ、いらんことゆうてしもたなあ…とか後悔しとったんでっけど」

「そうだな。君が軽はずみで言ってしまったことが、結果として精吉つぁんにどれほどの影響を与えたか、だわな。君は恐らく、彼を元気づけようと瞬時に判断した訳さ。だがな、こういうのは事例としては研究しづらいんだ。それより、俺の体験を聞いてくれるか?」

  最近のピックアップした事例研究のなかで、その最たる事例を私は語った。

「この前さ、髪の毛が伸びて気持が悪い感じが首筋でして、それが動機で、ということでもないんだけどね、床屋(とこや)へ行って家に帰った」

「はあ…」と、今度は悟君が相槌(あいづち)を打つ方へ回った。私は続けて、「そこまでは、よかったんだよ…。時期が今だろ? なんてゆうか、寒いってのを忘れてたんだな。で、最近、めっきり増えた白髪だ。何故か分からんが、急に髪を染めにゃあ…って思った訳さ。そいで、染髪作業に入った。まだその辺りはOKだったと思われる。ダサイんだわなぁ、俺って。その後の処理が悪かった。湯冷めさぁ…、頭が冷えてきてな。今考えりゃ、俺もドライヤーかけりゃよかったんだが…。それが第二の判断の誤りってことになるわな。そんなことで、結果は風邪をひいちまったって訳よ。…(みじ)めたらしいったらありゃしない、三日も休んでさあ…、ハハハハ…」と、(つくろ)った。

  長話をポカンとした(うつ)ろな表情で聴いていた悟君は、私が苦笑したのを受けて、一言(ひとこと)、発した。

「それは、いい事例になるんでっか?」

「…、さっき言ったように、君の場合は精吉つぁんが介在しとる。他人の言葉に(ひそ)む審理は誰も推量できない。が、俺の場合は自分自身のことだろ? 冷静に、そのときの心理状態を想い返せるって寸法さ」

「…、なるほどねぇ」と、悟君は暗示にかかったように(うなず)いた。

                                                 続

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