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第6回

グルニエという喫茶店へ入った。フランス風の名前からして何か華やかな店内をイメージしたが、あい反して陰鬱(いんうつ)な暗い照明の店であった。まあ、逆に考えれば、落ち着ける雰囲気だったとも言えるのだが…。

  後から判ったことだが、店名は“屋根裏部屋”という意味だそうで、そういえば密かに二人が逢瀬(おうせ)を重ねるといった塩梅(あんばい)の感じがしないでもなかった。ウエイターがやって来たので、ホットコーヒーとミルクティ-を注文した。

「篠原さんに聞いたんですが、面白い研究をやっておられるそうじゃないですか」

  私は不意を突かれた塩山の言葉に、(しば)し絶句した。そして、悟君もつまらんことを漏らしたもんだ…と思いつつ、「…、いやぁ、気まぐれってやつですか? 暇をもてあましてるんですよ。大したこっちゃないんです…」と、はぐらかした。

「よかったら、もう少し詳しくお訊きしたいんですが…」

「塩山さんも興味がおありですか? ほんとにつまらない研究なんですけどね…」

「いや、構いませんから…」

  そう催促されては、真相を語らない訳にはいかなくなった。それも妙なことに、塩山の言葉訛(なま)りに釣られてという感じではないが、いつもと違う関東弁でしか話せない気がする。悟君に対している時とは明らかに違う。

「塩山さんは、どう思うか分からんのですがね、私は最近、ゴフンという時間に(こだわ)るんですよ。ちょっと漠然とした例えですが…」

「ゴフンという時間? ……、その間にどれだけのことが出来る、とか?」

「いや、そうじゃないんですよ。人の判断によって生じる運命の変化、その変化が生じたゴフンという軌跡、これが俺の研究なんです。分かって貰えますかね?」

「ちょっとばかり小難しいお話だが、ある意味では馬鹿げたと思えるそんなご研究をなさろうと考えられたきっかけは何なんですか?」

「それは、そういうふうに考えさせられることが重なったという、ただ、それだけのことです」

「具体的には?」

  塩山は畳み込んで、質問に本腰を入れてきた。そこまで訊くか? と意表を突かれ口籠(くちご)もったが、気を取り直し、「いくつかの観察事象があるんですよ」と、学者ぶった語り口調で返した。

  よく考えれば、訊ねられた回答ではなく、(まと)外れなのだ。しかし塩山は、「…と、いいますと?」と、忍び寄る。私は間合いをとるため、運ばれてきたコーヒーを啜る。

「信号の交差点で、ついこの前のことなんですがね、悟君と出会ったんですよ。その日は雨が降ってまして幾らか暗かったんですが、俺、何を思ったのか、彼に近づこうと横断歩道を駆け出したんです」

  そこまで話すと、塩山は「はあ…」と食い入った。私は続けた。

「そんなに急がなくてもよかった。いや、あの場合は駆けていたことが幸いしました。それも速度的なモノがあるんですがね。渡り終える丁度その手前で、俺の後ろを(かす)って通過した車があるんです。タイミングが悪ければ、今こうして塩山さん、貴方とお話しすることもなかったでしょう」

「ほう…、そんな危うい目に会われましたか」塩山は益々、乗ってきた。

「いえね、俺が言いたいのは、危険に出くわしたと言うことじゃなく、自分が描いたゴフンという軌跡なんです。特に事前のゴフンについては、事後のゴフンの軌跡に影響を与えますから重要なんです。突発した事象に臨んで、人間は自らに最良の結果を得ようと判断します。それは瞬間的な場合や余裕があるときも含めて幾つかに分岐します。そして、それぞれの軌跡の描いた後では、様々な運命の分岐が現れるのです。ここまでは分かって頂けますか?」

「ええ、まあ…」

  塩山は曖昧(あいまい)に濁して、ミルクティ-を啜った。

「という訳で、今の内容に関して悟君と研究所を立ち上げたんですよ。妙な研究所でしょ? とても表立って人に言えるもんじゃないんでね…」と、言葉尻は笑ってしまった。

「面白そうですね。私も所員に参加させて頂けませんか? よかったら、ですが…」

「悟君にも訊かないと、私の一存ではハイとは申せません。俺はいいんですが、これは彼と二人で始めた共同研究ですので、一応、彼の同意を得ませんと…」と疑問形で返すと、「それはそうです。返事は次にお会いしたときで結構です」と塩山は引いた。

  馬鹿げた話だけに、真顔(まがお)で話し合うのも妙な気分だったが、その場はそれで終結した。

  塩山と別れ家へ戻ると、なぜか身体がけだるい上に喉も多少、痛い。扁桃腺が()れているのかも知れない…と、私は巡った。幸い熱までは気にするほどでもない。すぐに市販の風邪薬を飲んで、早めに寝ることにした。

  まどろんでいくうちに、私は夢を見ていた。その夢の中の私は、随分、若い頃の私である。学生服姿の私が見える。道を歩んでいる。なぜかひと気がない田畑が続いて、ただその中の畦道を歩んでいるのだ。暫くすると、道が二つに分岐する地点へやってきた。各々の道の入口には“○○薬品”、“△△大学××研究所”という(のぼり)が立っている。そして、勧誘を勧める者が、それも各々の入口に一名ずついて、私に対して勧誘している。当然ながら、現実ではあり得ない光景である。しかし私は(たたず)んで、別に変だとも思わず両者の言い分を聴いているのだ。

「貴方は、やはり大学に残って学問の道を究めるべきです。是非この道を…」

「いや、それは間違いです。学問など、もう充分すぎるぐらいやったじゃありませんか。社会で働いてこその貴方です。是非、こちらへ…」

  双方とも、頑として譲らない。

「何を言ってるんだ。さあ、こんな者の話など聴かずに是非こちらの道へ! 学問を究めれば、貴方は日本の将来を切り開く一人になるのです、前途洋々です」

「そんなこたぁない! 貴方は人類のためになる薬を開発して、人々に感謝される人物となるのです」

  私は決断に苦しんだ挙句、もと来た道を引き返した。二人の声が背後から、「あっ、何処へいくんです?」「待って下さい」と響く。そこで目覚めた。

  現実でない架空の世界での夢物語なのだが、起きて夢のプロットを辿ると、(あなが)ち私と悟君が研究しているテーマと類似性がなくもない。ただ、私達の研究では選択肢があるものの後ろへ下がることはなく、いずれかの判断をして前へ進むのだ。そこに介在する前後ゴフンという時間の軌跡、運命の変化を探ろうとしている訳である。その辺が夢とは違った。

                                                  続

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