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第5回

「そんな大げさなもんじゃないけどな…」とは一応、取り繕ったが、言われたとおり、実は時間と人間行動の因果を調べ始めている私だ。中華鍋から香ばしい胡麻油(ごまあぶら)の匂いが漂う。

「そういや、この前。ほや、二ヶ月ほど前のこってすけど、僕、馬券を買うたんです。正夫はんは詳しいかどうか知りまへんけど、連勝複式ってやつですわ。外れた後で考えると、迷った挙句にやめたやつが入っとるんでね。 なんであの時それを買わんかったにゃろ、と後悔しましてな。それも今の話と関係ありますんか?」

「……、ある意味では…」と、はぐらかして、私は出来上がったチャーハンを皿に盛り、悟君の前へ置く。

「さあ食おう、熱いうちに」

「ほな、遠慮のう…」

 悟君はペコンと一つ軽いお辞儀をしてスプーンを手にした。私は自分の皿とサラダ菜、コンソメスープのカップなどを運んで、ヨイショと崩れるように座った。チャーハンは、それなりの出来に思えた。

「今の話でも、そだろ? 君が迷っていた馬券の判断、それは君の脳が最終命令を下している訳だ。正しい命令にしろ、誤った命令にしろ、だ。たぶん脳の中で、瞬きの会議がされるんだろうな。そのときの情緒の流れで、正しい命令も却下されるってこともあるわな」

「それが、後から判断ミスと後悔するっちゅうことですな?」

「そういうこと。で、そのミスが取り返しのつくミスならええが、悪くすりゃ二重、三重のミスへ繋がる。まあ言わば、ドミノ倒しのようなことに拡大すれば大変なことになる。俺が遭遇した先程のやつも、事故になっていたら、俺はこうして今、君と話をしていない。もうこの世の者じゃない場合もある。君だってこうしてチャーハンにありついていないわな…。恐らく撥ねられた俺を()て、病院にいるだろう」

(えら)いことになってる訳ですわな…」

「ああ…(えら)いことだよ、それはもう…。しかし、その瞬間の判断、勿論それは脳内の(またた)きの会議だが、それに霊と言うかオーラとでも言おうか、何かそういった眼に見えない力が介在しているのかどうか、そこら辺のところは俺にも未だ分からない」

「調べてみる価値はありそうでんな」

「うん…、それはある意味で面白い研究だと思うよ」

 私はチャーハンを口へ運びながら、そう肯定した。

「ほやけど、そうゆう眼に見えんもんの研究ちゅうのは、大変なこってっせ」

「ああ…、それは、まあな。…結構、美味(うま)いだろ?」と、私は食べているチャーハンに話題を転化した。すると悟君は、素直に「美味(おい)しいですわ」と乗ってきて、追究の手を緩めた。(しばら)く料理談義が続いたが、私はふたたび話を戻し、「悟君、よかったら手伝ってくれるか?」と彼に訊ねた。研究所の旗揚げである。

「ええーっ、なんですやろ? 僕に出来るこってしたら。正夫はんの頼みでっさかい…」と、協力的な彼の返答があった。

「といっても、そう上手い具合にそんな場面に出くわすことは、まあない。結局、首尾よく判断の迷路に直面したとしてだ。それを冷静に観察する心の余裕があるか、ってこと。つまり、観察と判断は同時進行が無理なんだよ悟君。その場合、結局は事後観察になる」

「そやけど、咄嗟(とっさ)やなしに、まあ旅で散策でもしていた場合なんかですけど、道中の分岐路でハタと迷うとしますわな。とうぜん、時間的に余裕もありすしな…」

「ああなるほど、…そんな場合は可能だな。何かメモ帳でも持って行き、そこでメモを取る。AとB路に立って迷っている。Aの方は何某という判断をしたから、これからA路を進んでみようと思う…と書く。そして、その前のゴフンという軌跡、つまりその分岐路に至る前のゴフンの行動軌跡、そしてA路を歩んでゴフン後、いや、この場合は歩む本人の目的や好みもあるから、その観察はゴフンでは難しいかも分からんがな…」

「※△%$▲&*+…、なんや面白うなってきましたがな」と、悟君は相好を崩した。

「いろんな場合があるからなあ.…例えば仕事場で、プライベートでとかさ。それも近くで、旅先とかの遠方で、と分かれる。その時々で冷静に観察できるかどうか、それがこの研究の成否に(つな)がる」

 チャーハンを食べ終え、サラダ菜もすっかり片づけて、私は煙草を一服吸いながらそう言った。悟君は禁煙中(今回が五度目)で、茶を啜る。湯呑みの中が(わず)かなので、私は急須で茶を注ぎ足した。

「あっ、すんまへん」と紋切り型がすぐ返る。

 こうして、夜の九時過ぎまで、長々と二人は綿密な観察計画を立て、お開きとした。

 外はもう雨も止んで、ところどころに凍てついた冬の星座が(またた)いていた。この日は疲れもあってか、直ぐに寝てしまった。

 歳末風景が流れる絵のようで、あちらこちらと見える。車を運転する間は冷気を防げるので、割合と平静な気分で辺りの様子を観察できる。その日、出張を終えた私は帰路に着いていた。馬鹿でかいクリスマスツリーが電飾され、毎度のことながら八百半と道路を挟んで対面するハンバーガーショップの道路沿(ぞい)()え付けられている。そして、色とりどりのイルミネーションが(まばゆ)い。大して客も入らんのに、無駄な出費だな…とは思えるが、部外者としては歳末感をストレートに受けられるので好都合だ。それにカラフルで綺麗なのが何よりいい。この辺りは時速十キロが限界である。なんといっても、通行人が多いのだ。道路標識は三十キロとなっているが、何年前に付けられたものだ、と疑いたくなるような代物である。今時、限界三十キロで走行するというのは、相当に危険だ。(しばら)く人込みを気にしていると、左前方に片手を挙げ笑って立つ男が見える。塩山だった。私はウインカーを点滅させて路肩(ろかた)へ車を停めた。そして助手席側の窓を自動に開け、「やあ、久しぶりで…、塩山さんとは町内会でしか話せないのに、バッタリ出会うことはよくありますねぇ」と訳の分からない挨拶言葉を繰り出していた。

「で、お買物ですか?」と、なおも訊くと、「いやあ、夕暮れの散歩ですよ。最近は身体がね、鈍ってるから」と崩す笑顔が揺れる。私も釣られて愛想笑いをしていた。

「どうです、その辺でお茶でも?」

 塩山にしては珍しく、彼から誘ってきた。

「えっ? ああ、いいですよ。車、駐車場へ入れてきます。少し待って下さい」と、私は了解した。彼とは、町内会の場で話す程度で、ゆっくり膝を交えて語りあったことはなかった。

                                                  続

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