第45回
「どこに、かけたはるんでっか?」
「えっ? 塩山さんだよ…」
「なに言うたはりまんにゃいな。塩山はんは海外へ転勤しやはって、今は日本にいやはらしまへんがな…」
「馬鹿な!」と私は叫んでいた。私の発想の世界と現実が完全に亀裂を起こしている。…いや、そうなのだろう。私と現実の時空の流れは三年ほどの歪みを生じているようだ。ならば、三人で活動していた[時]の存在は、いったいどこへ行ってしまったのか? 私の頭脳回路は益々、混迷の度を深めていた。それにもう一つ、稀有なことに、私が書いている小説のプロットが、全く同じ展開で現実に起きていることである。これは恐ろ恐ろしい怪奇である。既に、小説である“時間研究所”は校了しているのだから、そのエンディングの内容は私以外に知る者はない。それが、フィクションではなく、現に展開しているのだ。
「悟君、すまんが今日は帰ってくれ。ちょっと気分が悪いんだ…」
「そうでっか? ほなら、また来まっさ。大事にしとくんなはれ」
悟君が帰った後、海水浴で遠出した疲れや彼の話でダウン寸前となり、ウィスキーをひっかけて床についた。すると、たちまち睡魔が忍び寄って、私は深い眠りへと誘われていった。
目覚めれば朝の七時前だった。辺りは、すっかり明るい。昨夜の熱気が苦ともならず熟睡できたのは、やはり昨日の混迷した状況があった為だろう。だが、今朝は爽快な気分である。ただ、部屋内は熱帯夜の余韻が少し残っていた。
朝刊を手にして確認しても、テレビのリモコンを弄ってみても、海へ出た次の日に間違いはない。時間は歪んではいないのだし、着実に正しく流れている。だとすれば、昨日の悟君はなんだったのか…、そして携帯が繋がらなかったのは…と妙な気分は残ったが、ひとまず安心してよさそうに思えた。日曜なので外へブラッと出かけモーニングでも食おう…と思った。
久しぶりにグルニエに入り、モーニング・サービスをオーダーしたとき閃いた。そうだ、昨日は体調が悪かったから間違った携帯の操作をしたに違いない。それなら、得心も出来る。それじゃ、もう一度…と、塩山の番号を押す。すると心配するほどのこともなく、すぐに繋がった。
「はい、塩山です、何かご用ですか? 例会は来月でしたよね、確か…」
「いやぁ、昨日、怪しな出来事がありましてね。それで確認しようと思って、電話したんですよ。実は、悟君が夜にやってきたんです」
「篠原さんが、どうかしたんですか?」
「いえね、悟君は別にどうもしないんですがね、妙なことを言いますのでね」
「と、言いますと?」
「三年前のことを言ったんですよ。そら、ゴミの収集事件があったじゃないですか。そのトラブルのことを、また言うんですよ」
「想い出話で、ですか?」
「いいや、そうじゃなくって。今、起こっているように言うんですよ。それに妙なことがまだありましてね。その後、塩山さんに電話を入れたんですが、通じなくって…。そのことでも妙なことを言いました。貴方が仕事で外国へ行っていないってね。まあ、携帯が繋がらなかった以上、敢えて反論しても勝ち目はないですから、適当にお茶を濁して引きましたがね」
「私が仕事で外国へ? そんなことは、かなり前、海外旅行した以外は一度もないですよ。村越さん、ひょっとして、つままれたんじゃないですか? その篠原さん、どこか変わったところは?」
「えっ? いや、別に…。あっ、まてよ、そういや、いつもの悟君にしては覇気がなかったというか…精気がなかったといいますか…」
「でしょ? やっぱり、つままれたんですよ。それに間違いないです。でも、断言は出来ませんがね…」と塩山は、お茶を濁して解説した。
続




