第42回
「その学生、どうなったと思わはる?」
「そんなの、分かりませんよ」
「ス~ッと意識が遠退いたのか、眼を瞑ってバッタリですわ。いや、ほんまに。作り話でもなんでもないんでっせ。家の人も目の前で起こる妙ちきりんな現象に、ただボケ~っとしたはりましたんやが、暫くするとその学生、沼はんが額に人差し指を当てて『ンッ!』とか何とか呪文をかけはると、パッと正気に戻りましたんやわ。学生の額に指を当てて何を念じやはったんかは分かりまへんにゃけどな。なんか霊術でっしゃろな。嘘のような、ほんまの話でんにゃわ」
「余りによく出来た話だが、君がそう言うんならそうなんだろう。真実はその学生にしか分からないんだし…」と、私も話に参加した。
「はあ、それはそうでんなぁ」
「私はこの学生と似通った体験をしてますから、100%信じますがね…」
「すると、直接にしろ間接にしろ、霊的な出来事に遭遇していないのは俺だけってことになるなぁ」
「まあ、そうなりますね」「はぁ…」と二人とも曖昧に肯定した。
「実際、そういうことってあるんだなあ…」
「あるみたいでんな」
「あるとしてだ。問題は、人間が咄嗟の判断を要求される時点で、その僅かな時間にそうした霊的なモノに影響されるか、ってことだ…」
「憑依された者は、その判断を要求される時点よりずっと以前からオカシイんですから、当然、妙な判断や間違った行動をします…」
「そうそう、それは除いて考えましょう」と私。
「僕らの周りには霊的なモンが飛び交ってるっちゅう寸法でんな」
「見えないから始末が悪いんですよ」
「足がないんで尾行もできまへんがな」
三人は思わず顔を見回して吹き出してしまった。笑いの渦は暫く続いたが、それが止むと、皆、真顔に戻り黙り込む。私達を不気味な静寂が包んだ。
「だけどさ、そういう得体が知れないモノが憑きやすいっていうか、介入しやすい条件っていうの? そんなのが、あるんじゃない?」
「ええ、それは確かに…。同じ状況に置かれたとしても、人によって違うと思います。例えば、体質とか…」
「悟君みたいなのは憑きにくいんじゃないの?」
「冷やかさんといてくれまへんか」
また笑いが起こった。
いつの間にか花火大会は終り、見物の人々も消えている。腕を見ると、浮かび上がった蛍光の針が九時半を指していた。昼間のウダル暑気も、流石に影を潜めつつある。ただ、襲来する薮蚊には辟易とさせられ、何度も体じゅうのあちこちを、パチンパチンと叩かされた。だが、事前の蚊取り線香持参という周到さが幸いして(虫除けクリームでもよかったのだが)、難儀には至らなかった。
「生ビールでも飲んで帰りまひょか?」
「おっ、いいね。そうしましょうか?」
「喉も渇いてるしね」と私は加えた。よく考えれば、随分と都合のいい研究所にも思える。クラブの同好会と言った方がいい今の活動状態である。これでいいのか、もっとシビアに取り組むべきなのか、所長としては悩むのである。(実は、ちっとも悩んでいない)
続




