第39回
霊体の研究と私が当初の研究課題とした“ゴフンという時間”の研究とは、一見すると直接には関連がないように思える。ある意味、研究が脇道へ逸れている気がしないでもない。…とは思うが、今更、霊の研究を後戻りできないところに私達は到達していた。浮遊霊、指導霊、背後霊、生霊、因縁霊、動物霊、地縛霊、宗教霊など、誰もこの眼で見たことがない空間に漂うモノを私達は追い求めている。そして、それらが人間になす作用とは? という研究に私達は進んでいた。
霊の表現では、人間が霊の影響を受けることを、“憑依される”という。『狐につままれた…』と言う塩山は、この見解でいくと、たぶん動物霊に憑依されていたことになる。また、以前にテーマとした通り魔殺人にしたって、犯人の犯行直後の供述により分かったのだが、本人自身にも動機が分からないらしい。それもその筈で、幾ら気分がムシャクシャしていたからといって、一面識もない者を普通の者なら殺せる訳がない。まして、その被害者に子供も含まれていたとなれば尚更である。霊の表現だと、ストレスなどを蓄積し、霊の潜入を容易にした状態の者が、地縛霊、特にこの事件の場合は“悪霊に取り憑かれた”という見解になるのだろう。この見解は、別ルートとはいえ研究を一歩前進できた成果と言えた。
「かないまへんなあ、こう暑うては…」と、悟君。
「そうだねぇ。今日は研究するって気分じゃないな。どうだろ? これから花火大会にでも行ってみませんか?」
「そうですね。七時からでしたか、確か…。涼を求め、繰り出しますか?」と、塩山。
「よろしいおまんな」と、また悟君。
三人の話は、割合、スンナリと纏まった。
私の町では八月初旬、恒例となっている花火大会が、今年は天候不順で一週、先延ばしされ、盆前に開かれる予定になっていた。案外、中旬の方が人出としては見込めるかも知れないのだが、何はともあれ今年は盆前なのだ。
三人は浴衣姿でブラッと堤を歩いていた。やや風が強めだが、まだ昼の熱気が外気に残っていたから好都合だった。
春先には桜を愛で、夏には花火に歓声をあげる。親しんだ河川敷きに座ると、草の絨毯が心地よい。しかも、こうしていると、私達が研究している“ゴフンという時間”の意味さえどうでもいいような悠久の時が、静かに流れている気分にさえ、なる。
「あっ、尺玉が揚がりましたでぇ~、玉屋ぁ~」
「えっ?」と、悟君の呑気さと素っ頓狂な声に驚かされた。物思いに耽り、花火は見ていなかった。少しの間合いを置き、ドゥ~ンと地鳴りを起こす轟音が劈いた。そのとき、また妙な閃きが私を襲った。広がるカラフルな火の粉の色模様、しかしそれは誰もが知っているように無音に描かれる。やがてその火の粉は静かに漆黒の闇へと吸収される。そうだ、音は光よりもかなり遅れるのだ。
「なんか薄気味悪い生暖かな夜風ですね。花火がなけりゃ、なにか出そうな晩ですが…。それに私達以外にも、それ、あそことあそこ、あぁ…あちらにも人がいますから」
隣で塩山の声がした。彼の声は洞察力を秘めた冷静な声だった。私は瞑想していたから、昼間に話し た霊のことは既に忘れていた。
「そういや、人魂見たて、いつか聞きましたんやけど、ほんまにそないなモンがありまんのかいな。この花火見てたら阿呆らしい作り話に思えまっさ」
愚痴ではないが、妙な独特の言い回しで悟君が放つ。
続




