第38回
「私の体験談と[時]の研究が、果して関連するのかどうか…それは分かりませんが、少なくとも私個人としては霊的なナニモノかが、人間の行動に影響を及ぼしているように思います。特に、ごく短い時間、所謂、咄嗟と言われる瞬間の判断には、そういう見えない力が介在していると考えます」
塩山は決して冗談ではなく、至極まじめに話しているのだから、私も彼が言うことを80%は信じられた。残りの20%は、“奴は役者じゃねえか”などと思えたりしている。その私が悟君を窘めているというのも妙な具合だ。しかし、よく考えれば、世の中には時間の経過の中で引き起こされる諸々の不思議な出来事は確かにある。もちろん、偶然に起きた場合もあるだろうが、どうしても科学では説明できない事象も報告されているのだ。
「正夫はん、これから[時]はこの前の、通り魔殺人とかの事件を中心にいくんでっか?」
悟君が不意に訊ねた。
「いや、別に事件に限らず、不思議なニュースなら、他の分野でも対象になると思ってる」
「問題は、何がそれを引き起こしたか、を探ることですよ。相手は霊というか、そういう得体が知れんモノですから…」
塩山らしい、いつもの冷静な言動である。
「…でんな」と悟君が同調し、私も、「同感です」と少し遅れて協調路線をとる。
研究所を立ち上げて、足掛け二年もの歳月が経過しようとしていた。成果といえずとも、何か漠然とした法則めいたものが、漸く私達の前に姿を現そうとしていた。見えない霊的異次元物質が、この三次元と接点を持つとき、善悪は別として、何かが起きるという法則である。これが唯一、導かれた成果と言えるのだが、まだ、証明された段階ではない。
夜も更けて、閉店が迫っている。私達は結論の導けない長話をやめ、グルニエを出た。
次元を下げて霊力、特に悪霊の影響を未然に防止する。分かりやすく言えば、人間である私達三次元物質が移動する場合は歩くとか、まあせいぜい自転車迄に止めて移動することにより、四次元以上の介入を阻止するのだ。そして、冷静に判断する。このことによって、世界中の人々は別としても、私達三人は霊長類の中で唯一の高等な思考力を持つホモ・サピエンスとして正しく生き続ける。これに尽きるように思えた。
研究所の白衣も、時には洗濯を余儀なくされる。私達は薄い夏用以外にも、厚手の冬用を誂えた。悟君などは春・秋用の合いモノも、と言ったが、いくらなんでもファッションショーじゃあるまいし、それはないだろうが…、と諭してやめた。でなくとも、結構、活動諸経費が高くつくのだ。安月給の私達が、そこまでして力を注ぐ研究にしては、成果の方が今一なのである。
相変わらず[時]の活動は、当初の定めどおり二週に一度の土曜という規則性を維持していた。だが、観察帳を記載、整理などすると数日を必要とする。そこへ個人的な用向きや種々雑多な世間のヤボ用もあるから、二週に一度といっても、それなりにきつかった。しかし、私達はめげずに研究を継続した。
霊体とは? という研究に入って二ヶ月が過ぎ去っていた。上手い具合に、世間は怪談が受ける夏場である。灼熱の太陽がギラつく日中だが、涼を求める人間の本能は、この霊的で怪しげな話を欲するのだろう。テレビや映画といえば怪談やホラーものだし、講談、落語の類にしたって、その手のものをやっている。ただ、興味まがいに視聴者を呼び込もうというヤラセが横行している点が私としては腹立たしい。[時]としては、マジに取り組んだ教育番組的なモノを望む訳だ。私がこんなことを思っても、世間の嗜好やスポンサーサイドの視聴者優先という趨勢は変わらないとは思うのだが…。
続




