第36回
「聞かしとくれ。…つままれると、とんでもないことをしまっせ。後で考えても、さっぱり自分でも分からんようなことを…。これは例の通り魔殺人事件とも関連あるんとちゃいまっか?」
偉くテンションを上げ、悟君は乗ってきた。一端、中断した筈の研究会が、いつの間にか復活している。以前でも、雑談が盛り上がって会合へと移った経緯がある。今回もそんな雰囲気になっていた。
「はい!」と頷いて、塩山は自分の体験談を披瀝した。
「頃は…いつだったか。そう、あれは私が高一の時だったと記憶しています。確か、秋の体育祭の準備か何かで、下校の折りには、もうトップリと陽が暮れていました。別に怖いという感情は起きず、というのは、毎度、通学する道でしたから…。その道を自転車で家へ向かっていました。辺りはもう真っ暗です。当然、自転車の前照灯は点いていますが、ふと前方を見ると人影らしいものがある。気に留めず、私は漕いで通過しようとしたのです。そのとき、後ろから声がしたんです。『なんか食うもんないかぁ~』と。その声は妙に陰鬱で、流石に私も気味悪くなりました。自転車を止め、恐る恐る後方を振り返りますと、…そこには、隣家の爺さんが立っていました。『与右衛門さんやないか…、びっくりしたわ』と私は言いましたが、応答がありません。で、幸い学校近くの店で買った菓子パンがあったので、それを差し出したんですが、彼はペコペコと何度もお辞儀して受け取ったんです」
「ほうほう、そいで?」と悟君は耳を欹てる。私も身を乗り出していた。
「それで、そのとき気づいたんですが、彼の動作が今一、いつもの与右衛門さんじゃないんですね。それに彼は菓子パンを受け取ると、すぐ口へ放り込んで、ムシャムシャと食べだしたんです。それも、私に背を向けるように…」
「そりゃ不気味だ」と、私は、合いの手を入れた。悟くんの眼球が血走ってきた。
「顔色だって、どこか精気がなく蒼白いんです。それで私は、ますます恐ろしく思えてきて、パッと身を翻し自転車を急発進させました。すると後ろから、『兄さん、そのうちいいことがあるぞぉ~』って声が寂しく響きます。それでもう、怖いのなんのって…、一目散でした。家に帰り、隣の家へまず行きました。もう夕飯が済んだのか、皆でテレビを見ている家族の姿がそこにありました。『満君、どうしたん? なんか用なの?』と、そこの若奥さんが振り返って私に言いました」
「ほの与右衛門はん、いやはったんでっか?」
「ええ、その若奥さんの斜め前に…」
「すると、夜道で塩山さんが出会ったのは? …ってことになりますね」
「そうなんですよ。現に与右衛門さんはニコニコと私に微笑んでいる。血色もいい。と、なると、先ほどは? …そう考えると、背筋がゾクッとして、鮫肌が立ちました」
「豪いことに出くわさはったんでんな」
「ところが、話にはまだ続きがあるんです。それでとにかく、お茶を濁して家に戻り、震えながらすぐ寝たんです。家の者には、気分が悪いからもう寝るとだけ言って寝ました。朝になりました。別になんの変わりもない朝です。ところが丸一日が消えていたんですよ」
「えっ?」「ん?」意味が分からず、二人は異口同音に驚きの声を漏らした。
続




