第31回
「正夫はんと塩山はんは、大学へ通ってやはるけど、なんででんねん?」
「ああ、それはだな。人間の心理の動きってやつは、なかなか得体が知れないから、それを心理学などの学問で解析しようと思うからだ。教授なら、どう捉えるかをコンタクトがとれ次第、訊きたいと思ってるんだが…」
語尾を態と暈して私は説明した。
「行動心理でっか…。そういや、さっき僕が言った話を、先生ならどう学問的に捉えやはるかでんな。まあ僕は僕で気張りまっさかい、そっちの方はよろしい頼んます」
「お互いに、極めるのは大変みたいですが、まあ、やるしかないですね」
塩山はいつもの感性で、二人の遣り取りを冷静に観ていた。この態度は、すごく枯れた味がする。
「ほんまに…、最近はよう分からん事件が起こりまんな~、なんでだっしゃろな? 通り魔殺人なんてのは昔はなかったんとちゃいますか? ほんま、恐ろしい世の中になってきよりましたわ」
「それは篠原さんが言われるとおりですね…」
「塩山はんも、そう思われまっしゃろ?」
「悟君の言うのが現実だけど、その観点は普通の人間の考えることだ。俺達[時]は、もっと高い次元で物事を観なくちゃいけない」
一端の教師気取りで、私は悟君を諭した。
「すんまへん、[時]を忘れとりました」
挽いたコーヒーを勧めて、一端、休憩した。ブルマンの優雅な豆の香りが櫓炬燵のブースに漂う。飲みながら雑談を少しした後、これからの活動の細部を詰めて解散した。悟君が都心へ取材に出るようになってから、ブースでの雑魚寝は中断している。彼のスケジュール的な問題が生じたからだが、これは実に寂しい限りである。早くこのテーマを片づけて、別の研究課題へ進みたいものだ…と、私はマジに思っていた。
次の土曜が、すぐ巡った。この日は、会合の日ではなかったが、前回、三人が別れてから、私には妙な蟠りが心に芽生えていたから、それを聞いて貰おうと塩山をグルニエに呼び出した。
「塩山さん、俺達は犯人が犯した犯行のみに囚われて、その犯行心理を解析しようと躍起になっていますが、それは間違いかも知れません」
「それは、どういうことです? 私達の大学通いが無駄だとでも?」
突然語りだした私の否定的見解に、塩山は怪訝な表情を浮かべ、ゆったりと訊いた。訊かれてみれば、確かにその通りなのだ。私達は勤め以外の貴重なプライベートの時間を割いて、いや、偶には仕事も犠牲にして大学へ通っていた訳だ。
「そうじゃないんですよ。まあ聞いてください、塩山さん」と私は彼を遮るように話し続けた。
「確かに、その若者は無分別に何人もの人々を殺した。だが、よく考えてみりゃ、その若者は境遇がどうであれ、悟君の情報どおり覚醒剤中毒とかそういう薬物中毒ではなかった訳です。要するに、心を病んでいたとはいえ、真っ当な人間だったんですよ」
「何が、おっしゃりたいんです?」
「だから、真っ当な人間が怨恨のない赤の他人を惨殺できるのかってことですよ」
「しかし、現に事件は起こってるんですよ?」
「そう…、事件は起こってしまっている。問題は、その犯行に介在するゴフンという時間、俺達は犯人である若者が描いた行動軌跡ばかりに目を奪われていたようです」
「と、言いますと?」
「つまり、精神作用に介在した何ものか…、それが問題になると思います」
「何ものかって、心の動きじゃないんですか? ……なるほど、だから心理学が必要だと?」
私の論点を掌握しきれないのか、塩山の声は尻すぼみに小さくなった。
「いいや、心理の動きじゃないと思います。心理を動かす何ものか…。俺達の眼には見えない何ものか、人間はこれを霊とかオーラとか、そういうふうに呼んでますが…」
「すると塩山さんは、そういう根拠のない霊の仕業だとおっしゃるんですか?」
「そうです、とは俺も断言は出来ないんですが…。これは非科学的世界の分野ですから、[時]としては、こちらに的を絞ると、今迄の観察方針をまた180度転換しなくちゃいけなくなります」
「確かに…。これは大きな問題ですね。取り敢えず篠原さんに連絡して、取材活動の方は暫くストップして貰いましょう」
「ええ、そうして下さい。で、来週の土曜は会合の日ですから、そのとき三人で決めましょう。ただ、犯人が、例えば悪霊の仕業だとして考えた場合ですが…、そう特定すれば話は少し厄介になります…」
「ですね…」
ぽつりと呟いて、塩山は黙した。
続




