第24回
「最近の世の中、人間が時間に弄ばれてるんじゃないですか? 私には、そう思えるんですよ」
塩山が違った角度からの発言をした。
「と、いうと?」不意を衝く発言に、私は咄嗟に訊ねていた。
「篠原さんが言ったことを絡めて考えてみると、妙な具合に辻褄が合うんですよね。つまり、人間は便利さって奴に慣れてしまい、機械を動かして自分の目的を達成しようとしたんです。しかし、最初はそれでよかったけれど、今じゃその機械に頼らないと何も出来なくなっているんです。これは一種の退化現象と言えるでしょう。で、その機械の管理、修理、購入に齷齪して、余計に気忙しくなっているのです。ということは、時間にゆとりが感じられない。即ち、時間に翻弄されているってことです。その点、植物は動く必要がありませんから、静かに時の流れを噛みしめているんです。或る意味では、時間と五分に渡り合ってるとも言える。まあ、そういうことだと私は思うんですが…」
「人間は原点へ戻るべし、という見解ですか? …なるほど。時間を噛みしめられない人間は、よく考えれば惨めなもんですねぇ。文明がない長閑な時代の方がよかったのかも知れません。俺達[時]はゴフンという時間の持つ意味を研究していますが、行き着くところはその点にあります。長閑さのない今の世は、人の心までも狂わせちまってる。咄嗟の判断も妙な方向へ展開したりする。で、訳の分からない事件が横行したりするってことですか…」
「僕もそう思いまんな」「そうですね」と、二人が同調した。
「文明が起こした悲劇ってとこかな」
「豊かさの代償ですね。仕方ないんでしょうね…」
少しずつ、[時]が目指す研究方針から遠ざかる話題になってきていた。だが、この点もよく吟味しないと、人が判断する方向性は見えてこない、とも言える。
また深夜になってしまっている。三人はいつものようにブースの炬燵を囲んで雑魚寝した。今日は店屋物もとらず、即席のラーメン(生卵を切らし、今回は熱湯を注ぐのみ)という簡略な振る舞いに終始して、アルコールも出さなかった為か、二人ともすぐには寝つけないようだった。
「人が自分で動くと、世の中、少しはよくなるんでしょうか?」
呟くように塩山が語る。部屋内は漆黒だが、下弦の、か弱い月明かりが、寝ている塩山の輪郭を微かに理解させる。私の隣だから、視点を定めて彼を見ている訳ではないが、薄蒼く浮かんで分かる。不気味だ。異様にも映る。
「そう…、機械だけが動いてちゃ、人間は何の進歩もないですかね、ハハ ハ …」と、私は単に返してみた。
「ヘヘヘ…、そうでんなあ」
悟君もやはり起きていて、話に乗ってきた。
「実はさ、俺、この研究を題材にして小説でも書こうかと思ってんだ」
「へぇー、どんなタイトルでんにゃ?」
「“時間研究所”にしようかと思ってる。飽くまで仮題だけどな」
「そうでっか…。頑張っとくれや…。で、わてらも登場しまんのか?」
月の光を浴びて、悟君の笑顔が浮かび上がる。
「ああ、勿論さ。登場して戴こうと考えている」
「上手いこと書いとおくれや。特に僕のとこは」と彼は畳み掛ける。薄闇に三人の笑声が響いた。結果の成否は別として、私はこの研究所を旗揚げしてよかったと思った。
続




