第25回
翌朝は晴れていた。私は昨日の残りのカレーを二人に出した。献立に苦慮したとき、私は決まってカレーにすることにしている。これが一種の習慣(habit)となっていたのだが、昨日のカレーは案に相違して、我ながら上出来だった。で、残りモノながら、二人に振舞ったのである。彼等は空腹の所為もあったのだろうが、実に豪快に片づけてくれた。
「正夫はん、料理上手いでんな」とは、悟君の方便であろう。ターメリック、シナモン、コリアンダー、クミンなどの配合が絶妙らしい。
「昨日の続きなんですけど、機械で癒されたり安息を得たりするのは、人間に許されると思うんです。決して怠惰のための道具じゃなきゃね。ブレーク・スルーで捉えるデジタル技術があります。この前、テレビ番組でやってたんですが、ありゃいいな、って思いました.正直なところ、映像美、癒される空間演出の点で実に素晴らしい想像芸術でした」と、塩山は力んで言った。
「うん、そういうのって人間の能力なんだな。機械を上手く生かすことで安らぎの時間は持てる。機械が何たるかを知る人間には、上手く奴らを使い熟す技量が備わっている。しかし残念なことに、そういう人間はごく限られた一部しか存在しない。大半の者は機械に使われ、齷齪と時間に追われるんだなあ。それもフン単位でね。だから“ゴフンという時間”を研究する俺達の出番となる訳さ」
我ながら上手く言えたなあと、と思った。所長として面目躍如である。正直なところ、塩山が言ったブレーク・スルーの世界など私には全く意味不明だったのだが、彼に今更、“ブレーク・スルーって何?”などと訊ける訳がない。その会話以降、妙にブレーク・スルーという言葉が脳裏から離れなかった。
私の住む平凡な田舎町にも都市化の波は押し寄せている。それに伴い次第に消えゆく田園風景と長閑な佇まい━━これは、ゆったりとした時間経過を肌で味わえる感覚なのだが、そうしたものが少しずつ薄れて消えていく。その一方、文明に支えられた豊かさや利便性、そして生活手段の飛躍的な向上に私達は慣らされつつある。やがては、長閑さ、そのものが消え失せ、時間に追われながら齷齪するのだろうか…。
「今日はこれで返りまッさ。また何かタイムリーなテーマが出てきたら声をかけておくれやす」と言って悟君は帰っていった。そのとき彼は何を思ったか、カレー鍋を持って帰ろうとした。台所へ持っていくつもりだったのだろうが、ついうっかり忘れてしまい出口へ向かう。こういう間の抜けたところが悟君の持ち味で面白いから、研究所のメンバーとして捨てがたい奴だと、私に思わせるのだ。彼は照れて鍋を玄関の隅へ置く。塩山も思わず笑いながら帰り支度をした。
彼等が帰った後、私は雑然と広がった食後の後片付けを済ませた。それが済むと本屋へ行った。どうもブレーク・スルーが気になる。
まだ朝だから本屋に人の気配はなく、私は人目を気にする必要もなくブレーク・スルーに関した本を片っ端から漁った。
小一時間ほどして、塩山が言った意味は理解できるようになったが、そういう思考というか研究というのか、そんなものを創造する人達がいるんだと知らされた。或る意味で、機械文明を逆手に取ったスピリチュアルな長閑さの創造なんだ…と思えた。この発想が既成概念から突破している。
本屋の主人は余り私が熱心に読み耽るので、最初はそうでもなかったが、三十分もするとジッと私の方を見て、渋い顔をする。私は目線が合ったものだから愛想笑いを返して、また読み続けた。私が町内会の組長をしていたことも幸いしてか、直接の小言は貰わずに済んだ。だが、主人の眼光は、さも“買ってくれるんでしょうな…”と言わんばかりで、流石に私もこれ以上の長居は無用と遁ズラを決め込んだ。
ブレーク・スルーと私が研究する時間と人間思考の相関関係、両者には全く関連がないように思えたが、乗りかかった船である。それに、何がどう転んで“瓢箪から駒”になるとも限らない。研究自体が暗礁に乗り上げていた矢先だったので、私としては打開策を得るべく暗中模索の気分だった。
ブレーク・スルーとは、直訳すれば“突破”の意味である。科学、医学、経営学、文学など、あらゆる分野で進展開を可能にする。即ち、既成概念を打破し、その概念を突破して新しい概念を構築すること、まあそういうことらしい。本屋に入るときと出るときの私では、このことを理解した為か、全く発想が変わっていた。ゴフンという時間で人間が咄嗟に判断して動く軌跡の研究、これだって立派なブレーク・スルーなんだ、と私は思った。当然、本屋を出た後である。こんな馬鹿な研究をしている者など、世界中を探しても私達以外はあるまい。しかし、よく考えると、馬鹿げたと思う者は既に既成概念に毒された患者と見るべきであり、私達の発想は兎にも角にも革新的な新機軸なのだ。人間の進歩はこうした積み重ねの歴史でもあった筈だ。発明はブレーク・スルーの産物である。だから、悟君、塩山、そして私の研究だって脚光を浴びる日が来るかも知れない。
私の考えがブレーク・スルーの一貫だと思うと、その後の活動の全てが変化しだした。
まず、観察に熱が入るようになる。怠惰となりがちな観察も馬鹿らしくなくなると、割合、耐え忍べるものである。最初、悟君も塩山も私の変化に少し戸惑っていたが、事情を説明すると納得した。塩山などは、自分のひと言が私の発想を変化させたと知ると恐縮してしまった。それ以降、私達の研究活動は一からの出直しを余儀なくされた。
続




