第23回
「八百半の娘とは、その後どうなってんだ?」
「どおって、別にどないもなってまへんでぇ。沙貴ちゃんは僕の片想いでっさかい…」
「同じ会社なんだからチャンスもあるでしょうが…告白できる…」
私が訊ねたことに、塩山も介入した。
「ハハハ…、二人とも、そう攻めんといて欲しいでんな」照れて、悟君は軽く往なした。この話は、詳しく云っていないが、実は内々に、悟君が私と塩山に打ち明けていた過去の経緯があったのだ。悟君の逸話として、ここで云っておく。
一時間ほどノンビリして、私達は繁華街へ戻った。この町唯一のメインストリートだ。私達が歩くすぐ傍を、爆音を上げて数台のバイクが走り去った。
「この辺りも、だいぶ都会になりましたなあ。賑やかな奴らやな、あいつら…。そういや、八百半のドラ息子も、以前は連中の仲間だったんでっせ」
「広夫君がかい? そりゃ、初耳だなあ」
「そうでんねん。あのドラ息子、どないもこないもならん奴でね、精吉っあんも手を焼いとりましたんや」
「それは過去のこったろ? 今は自転車で全国一周してるって聞いたぞ。余り悪く言うもんじゃない、君の相手の兄貴なんだから」
「関係ないですわ。沙貴ちゃんには片想いしてるだけでっさかい」
「都会になっていくのが、いいのか悪いのか…」
突然、塩山が意味不明なひと言を発した。そのひと言で私と悟君の会話は途絶え、ふたたび沈黙の行脚が始まった。白衣姿で闊歩する正体不明の三人。どう考えても、他人の目には挙動不審に映ることだろう。しかし、当の私達は全然、気にならないのである。すれ違った人々は、医者が三人、横一列で闊歩する姿に違和感を抱くだろうが、まあ不審者と思われることはない、と鷹を括っていた。違和感を抱かれたとしても、“病院から食事にでもお出かけか…”と思う程度だろう、という潜在意識が巡っていた。
歩く道すがら、フラワーショップが右前方に近づいてきた。別に入るでもなく通り過ぎようとしたその時、陳列棚に置かれた時計草の鉢がショーウインドウのガラス越しに見えた。その瞬間、両脇に二人を従えて歩く私は立ち尽くした。二人は急に私が止まったものだから、? と、怪訝な表情で訝っている。横一線で歩く三人を上空から俯瞰すれば、直線模様が一時、V字型に折れ曲がったということになる。
「どうかしたんですか?」
不審に思った塩山が、ポツンと訊ねた。
「いやなあに…、時計草の鉢が見えたので、買おうかと思ったんですよ」
「[時]に時計草か…、いいかも知れないですね」
「そうでんなあ…」
二人も私の見惚れているショーウインドウを見遣る。
結局のところ、私はその鉢植えを買い求めたのだが、この鉢が[時]のブース、所謂、私の部屋に研究所のシンボルとして置かれることになった。
その後、ブースに戻り、少なからず語り合った。
「植物の感性で考えると、動物である私達の動きは、本当に速く見えるんでしょうねえ…。愚かな動きも、利口な動きも、それなりに客観的に…」
「塩山さん、いいこと言うなあ。そのとおりですよ。植物は不動だから、冷静に我々人間を見ているのかも知れない」
「僕もそう思いますわ。樹齢何百年の大木もあるし、長い歴史の中を生きてまんにゃさかいなあ…」
「そう、それ。時間の流れの本質を、実は植物の方が知っていたりして…。君もなかなか、いい見方してるよ」
塩山に褒められ、悟君は自慢顔である。その単純さが返って好判断、好結果を生むとも考えられる。とすると、悟君はやはり[時]にとっては欠かせない存在である。
「うむ…。俺達は少し動き過ぎていたのかも知れない。樹木になった気分で、じっと動かず気長に観察すれば、何か掴めたのかも分からんなあ…。次回からは[時]の方針は、そうしますか?」
「いいですよ」「かまいまへん」と塩山、悟君が同意して、私達は探偵(動)から大木(静)へと行動を変化させることになった。確かに言われてみれば、結果を得んが為に対象に拘り過ぎていた嫌いがある。客観的に好結果を得る為には、余りチョコマカ動いてはいけないことを私達は忘れていたのだ。上手い具合に方針転換できたのも、偏に悟君の奇抜な発想の賜物である。
続




