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第22回

  データというものは蓄積をするというのが肝要だ、というのが私達の結論であった。単一の事象というのは、偶然に起こるということもあり得る。それが度々(たびたび)起こればそれはもう偶然ではなく必然である。データは、微細で取るに足らないことでも残す必要があるのだ。そして息の長い積み重ねが大切だと結論づけられる。、その点、前回の総括で引用した観察データは余りにも稚拙であった。短い期間で、ゴフンという時間に起こる事象や軌跡の因果関係などを掌握できる筈はないのである。短慮にして、私はそれを忘れていた。所長としては誠に申し訳ない失態だが、二人には()えて言わず、今後の活動に生かそうと勝手に思ったりした。そういうこともあって、それ以降は結果を求めず観察を続けていった。地道なコツコツとした研究である。

  相変わらず、私の部屋は一種独特のブースとして、益々その存在感を大きくしている。悟君などは、玄関からブースに至る家の通路を、さも自分の家と言わんばかりに無遠慮に闊歩して出入りしている。その点、塩山は礼儀を(わきま)えている。慣れた今でも我が家に来ると、一応チャイムを押す。そうして、私の声を待ってから玄関に入るという律儀(りちぎ)さ? があるのだ。どちらが是で、どちらが否だと私は言わない。こうした洞察力が(つちか)われたのも、[時]で得た能力のお蔭なのかも知れない。

 それからまた半年程が経過したのだが、この頃には新たに“時研・所員証”なるカードを発行するに至った。この所員証は、当然ながら写真、証明印入りである。益々、本格的になった訳なのだが、参加者は所長の私を含め、相も変わらず三人であった。だが私達には、そこら辺のいかがわしい宗教団体やテロ集団では断じてないという誇りと信念があった。

「幼稚園だったか…、いやあ、小学校にはもう通っていましたかね。その頃、“探偵団ごっこ“とかなんとか、そういうので遊んだ記憶があります。でも、あの頃は探偵になりたかったからとか、…何かそういう漠然とした気持でした。私達が今やっている研究所は、その意味では相当、意味深い緻密(ちみつ)なものです。ですが、実は、幼い頃の夢の延長なのかも知れません。なにせ私達は、この出で立ちで闊歩(かっぽ)しているんですからねぇ。世間から見れば、一風変わった者達に映ると思います」

  塩山が、いつだったか、そう漏らしたことがあった。確かに言われてみれば、そうである。だが、私達には私達なりの論理がある。

 満開のソメイヨシノが土手伝いを歩く三人に戯れかかる。世は四月初旬、暖気を含む微風も時折り私達の頬を撫でる。そういえば、二年前にも私達はここにいた。草叢(くさむら)にドッペリと寝そべって、空の観察をしていた記憶が(よみがえ)る。

「こんな何にも束縛されない時間って、人生で案外、少ないんですよね」

  突然、塩山が口走った。私は頭上に咲き乱れる桜の花弁に見惚れていたが、その言葉で、ふと我に帰り塩山を見て、「ええ…、特に最近では長閑(のどか)な時の流れっていうのか、何かそういう雰囲気がなくなったんですよね」と、単に返した。

「そうです。最近は慌ただしく時が流れる感がします。しかし、よく考えると、人そのものは余り動かなくなったように思いますよ。機械、特に自動車、電車、飛行機、船など、そういうもので人は移動して行動軌跡を描きますが、よく考えてみりゃ、人そのものが動いているんじゃない。人は機械を操作したり、それらに乗っているだけだってことです」

「そうでんなあ。農業、林業、漁業と全て最近は便利になりよりました。機械様々ですわなあ…」

「いいこと言うじゃん、悟君にしては。そうなんだよなぁ…、耕作にしても耕耘機、収穫にはコンバインとかね…。確かに昔に比べりゃスピードアップされ、労力は低減された。でもその分、人はルーズになってるとも言えるぜ。ルーズなのに収穫は多い」と、私。

「文明って奴の所為(せい)ですかねえ?」と、塩山。

「そう、文明って名を借りた人間の怠惰でしょう。俺達は自己弁護して、“時代の流れ”とか何とかで片付けてしまいますが…」と、ふたたび私。

  いつの間にか白衣を脱ぎ、三人は去年のように土手にドッペリ仰臥(ぎょうが)していた。うららかな春の空域、なんとも言えない最高の心地よさである。

「正夫はん、僕らの研究しとること、よう考えたら、なんか無意味なように思えまんにゃけどな」

 大自然の(ふところ)に抱かれ、私達は春の香りに酔いしれていた。そこへ悟君の衝撃的なひと言だ。

「…って、なぜ?」と私は尋ねた。

「ほやけど、そうでっしゃろ。僕が思うには、人間なんてもん、時間なんか気にせんと、なるようになれと生きた方が面白いんと違いまっか? 結果として、ようもなりゃあ、悪うもなる。そんでええんと違いまっかいな?」

「それを言ったらお終いですよ。私達が研究している意味がなくなる」と、塩山が即座に否定して抑えた。

「それはそうでっけど…」

 悟君は鎮火してしまい、また押し黙った。

「コツコツコツコツだよ、悟君。焦りは禁物、気長にいかんとな」と言うと、悟君は、「はあ…」と腹に納めたが、確かに彼が言うのが本筋なのだろう。人生には偶然に生じる不確実性があってこそ、良し悪しは別としても初めて意外な展開が起こり、充実した人生となるのである。だが私は所長である。悟君に同調する訳にもいかず、教師が生徒を諭すような言葉を吐いていた。

                                                 続

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