第21回
そんな心の動きがあった所為か、「やっぱり、こちらにしよう」と、再度立って反対面のボックス席へ移動した。二人は怪訝な表情を一時したが、それでも不満は漏らさず私に追随した。夫々(それぞれ)の注文をウエートレスが置いて去った後、私達はコーヒーやミルクティーを啜りながら長談義へと突入した。悟君は注文のナポリタンを頬張っている。コーヒーはお茶代わりに飲んでいた。私と塩山の会話は眼中にない。総括のための集合だったが、結果的に悟君を除く二人の討論会の様相を呈してきた。内心では、“こんな筈じゃなかったんだが…”と思いつつも、“まあ仕方ないか…”と諦めて、塩山と話を続ける。悟君は時折り頷くが、全く話には参加しない。
階下の席と比較すれば、二階席はガラーンとしていて、私達以外、客はいなかった。そんな殺風景な中に白衣姿の三人である。よく考えてみると、かなり異様である。女性店員も、恐らく、「どこかのお医者様方かしら?」とか、思ったに違いない。だが、私達は悪びれることもなく、席に長時間、定着していた。
「時間研究をするのが本来の私達の目的じゃない。判断を誤ったとしても、二度とその時に戻ってやり直せない以上、判断を迅速かつ的確にできる理性ってやつを磨くしかない、ということです」
「村越さんが言われるとおりだと、私も思います」塩山も同調した。
「で、今迄の観察した結果などに基づいて考えるならば、人は慣性を好む、ということです。未知の不確実な出来事に苦悩するよりか、今迄の事例や経験則に照らして、最も安全で確実な道を選ぼうとする。これが慣習とか決め事と言われる社会常識なんですが、これでは新しい可能性が生まれないことになる訳です。発明、発見、芸術などは、どれをとっても全て新機軸ですからね…。ゴフンという時間の中で、人間にはいろんな思考回路がめぐります。しかもそれは、人に対するときと事物に対すときとでは速度が違う。人に対するときは回路が俊敏です。それもその筈で、相手の変化に絶えず自分が変化して返答しなければならないという緊張感があるからなんですね。一方、事物に対すときは、回路がゆったりしている。事物は変化しにくいですから、客観できる余裕みたいなものが意識に潜在しています。俺達が観察対象を、一時的にしろ人から事物へ変えたのも、ある意味ではこの考えと通じるところがあるからですが、今はその点を考慮に入れてるでしょ?」と私。
「そうですね。ゴフンという限られた時間の中では、論理立てて考えられない直感性、即断力が要求されますから、それは心の鍛錬を待つしかないということになります」と塩山。
「僕は、あんまり細こう考えるのが苦手なんで、すぐ動いてしまいまんなあ」と悟君が珍しく話に参加した。彼は直感で行動するようだ。
「おっ、やっと食い終えたか?」
「いや、まだですにゃけどな。あんまり何もしゃべらんのも気が引けて…」
そう言って、悟君はニンマリした。そこへ店のウエイターが迷惑そうに現れた。
「あの…すいません。もう閉店なんですが…」
のんびり語り合い、私達はいつのまにか時が過ぎ去るのをすっかり忘れていた。深夜の十一時近くになっていた。
私と塩山は飲み物とケーキ程度だったが、悟君の場合は三品ばかりオーダーしていたので、最後の注文と必死で格闘している。彼の旺盛な食欲には、私ならずとも表彰状の一枚ぐらいは出したいと思うに違いない。ただただ、脱帽するのみである。
「悟君、待ってやるから、そんな慌てずに食えよ」と私が助け舟を出したことで、彼のペースは幾らか落ちた。がっつく悟君と白衣姿、どう見ても不釣り合いだ。
「それにしてもこの制服、けっこう高うつきましたなあ…」
語るのも馬鹿馬鹿しく思え、「うん、そうだなあ」と曖昧に暈した。
三人が店を出ると外は冷気に包まれていて、物音ひとつしなかった。もう町は眠っていた。
私と塩山は、気分が何か一つシックリしない。それというのも、総括が導けなかった不完全燃焼の為なのだが、悟君だけは至極、満足そうである。三品も片づけたのだから、それも当然なのだが…。
その後、私達[時]の研究は、成果を得るべく二週に一度のペースで観察行を続け、データを蓄積していった。
続




