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第20回

  さて、その後も私を含むアホ・バカ三人の研究所は的を得ぬまま続いていった。そして月日は流れ、立ち上げてから一年が経過した。

  この一年の間に研究所は、ある種、妙な様相を呈していた。研究での会合の折には制服を着用することになったこと、そのために研究者用の白衣を(あつら)えたこと、さらには[時]というバッジまで作ったから、もう厳然とした本格的な一組織となっていたのである。ここまでやれば、少し病的に凝り過ぎている感がしないでもない。発案は全て悟君によるものである。最初、私と塩山は、余りにも稚拙(ちせつ)極まりない彼のこの案を一笑に付したのだが、幼少時代の少年探偵団遊びを、ふと思い出したのだ。それで、面白さも手伝ってか、二人とも了解してしまったのである。

  妙なもので、制服を身に着けて会合を始めると、どこかシャキッとした厳粛な気分になる。今迄とは違い、いい加減なことは出来ないや…といった気概というか責任感みたいなものが芽生えてくるのだ。これは不思議な感情である。だが、大の大人がこの出で立ちでは、妙にこっ(ぱずか)しい。だから観察は、目立たぬよう、目立たぬようを合言葉に、物陰(ものかげ)に潜んで行うという活動となった。で、我々探偵団の成果はあったのか? と訊かれても、それは話し辛い。疑問なのである。だから、それは追い追い語るとして、話を進めよう。

  私、塩山、それに悟君の三人は、懸命に成果を得るべく研究を続けたが、一年近く経つと時間感覚を正確に把握できるようになった。ゴフンといっても、それは飽くまで概念であって、感覚的なものでしかない。だが三人は既にこの頃、この時間感覚を習得していたのである。

  あるとき、三人で試してみることにした。ストップウオッチの時間の刻みと自分が数えた時間の長さを比較するのである。そして、十日、半月と訓練すると、妙なことに、その誤差は次第に縮まっていった。最初はイップンで計測、比較し、少しずつ延ばして、最終的にはゴフンを最長として比較した。自ら出来が悪いと自負する悟君ですら、私や塩山には及ばないものの、まあそれなりに誤差を縮めて習得するに至った。

「出来るようになったら解りましたわ。運命ってなもんは、よう考えたら、すぐ変わってまいまんなぁ…」

  悟君は自分の名前のとおり、すっかり悟りきった口調で言う。彼らしからぬ聡明な言動である。

「そうです。僅かゴフンという時間の中で、人間の軌跡は様々な運命の変化を(もたら)すんですよ」

  塩山が言うと、“ウン、確かにそうだなあ…”と思わせる。

「俺たちの研究も、どうやら軌道に乗ってきた訳で、立ち上げてからもう一年にもなるし、どうだろう? そろそろ、今迄の総括をしてみては?」と私が言うと、「そうでんなぁ」「いいんじゃないですかね」と、スムーズに了解された。

  いつものブースを離れ、会合としては珍しく、外食を交えての談義となった。いつか塩山と行ったことがあるグルニエという喫茶店である。

  店へ入ると、すぐ右手にレジがある。数歩進むとボックス席が幾つか展望できるが、それらの席が嫌なら左側の階段を登ればいい。二階にも狭いながら数ヶ所のボックス席がある。以前、塩山と語り合ったときも、確か二階だった記憶が鮮明に残っていたからだが、屋根裏部屋という店名の意味からか、どうも密談するには二階がいいようだ。ということは、相手との会話がオープンでもいいと予感または発想すれば、階下の席を選択するということになる。この事案は、次の観察対象に取り上げようと思っている。

  あっ! それから一つ言い忘れたが、最近の研究方針は最初の振り出しへ戻ってしまったのである。人を観察すれば観察がし(づら)いとか何とか口実をつけて、対象を事物へ変更したのだが、事物は流石にドッシリしていて、観察となる変化がなかなか発生しない。変化がなければ観察は出来ないのが道理で、最近は人を観察することに戻った。ただ、当初の意ではなく、事物に接触する人という観察である。

  ゴフンという時間、これを秒に刻めば300秒である。この300秒の時を刻む中で、人は判断を幾つかして、或いは直結思考で瞬時の動作をする。結果として描かれる軌跡の分岐は、即ち、運命の分岐ともなるのである。

「今日は研究の話だから、二階にしようか?」と、入口で私が言い、二人は無言で頷いて従った。結構、客の入りはあった。

  緩慢な螺旋階段を登りきると、そこには六つのボックス席がある。その一角に私達は座った。階下が俯瞰(ふかん)できる席である。テーブルを囲んで、四脚の椅子が二脚ずつ対している。こういう俯瞰(ふかん)が利くボックス席が他に二箇所あり、それらに対峙(たいじ)して反対面に三箇所の計六箇所だ。階下の席の一部からは、意識して見上げれば私達の姿は見えるのだろうが、そう仰ぎ見る者もいない。通路を挟んで反対面の三つのボックス席は、階下から全く見えない。これは、密談等には好都合の席に思える。今日は総括の会合ということで、二階に席を設けたが、密談ではないから反対席に陣取らなかったという観察心が湧いた。私の心理など二人は全く気づかない。これも数秒の考えざる直断による。まあ、これくらいで運命は変わらないだろうが、例えば偶然、階下のボックスに私達を知る町の者が見ていたとすればどうだろうか。恐らく、異様な白衣姿に何を思うか、である。町の雀が騒ぎ出せば、あらぬ噂ともなりかねない。そんなことはないとは思うが、私の判断力が警戒心を喚起していれば、反対面へ座ったに違いない。結果として、万が一そういう者に見られていたとしても、私達の姿は見えないから、安全だったことになる。即ち、私達の運命は変化しない。“用意周到”とは、よく言ったものだ、と私は思う。

                                                 続

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