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女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第五章 鎖の少女、選ぶ

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第九十三話 白い鳥、また一羽

少し落ち着いた、日常の回です。

 廃教会跡地から連れ帰った子供たちは、ギルドの手配で、王都の施設や身元の分かった家族へと、順に引き渡されていった。


「――お父さん!」


「おかえり、本当に、おかえり……!」


 門の前で抱き合う親子を、セレスたちは少し離れた場所から見守っていた。


 全員に家族が見つかったわけではない。身元の分からない子供たちは、王都の孤児院へ預けられることになった。その手続きに、ミュゼが付き添っていた。イリスとレイフィアは、疲労の残る身体を休めるため、今日は宿に残っている。


「私、行ってきます!」


 ミュゼが、子供たちの手を引いて歩いていく。ノアは、その背中を見送っていた。


「――ノア?」


 セレスが声をかけると、ノアは少し遅れて振り返った。


「あ、はい。何ですか」


「ぼうっとしてたな」


「……そうですね」


 ノアは、小さく笑った。いつもの、遠慮がちな笑い方だった。


「昔のことを、思い出しただけです」


 少し離れた場所で、リンが子供たちの列を見つめていた。誰も攫われず、誰も鉄格子の中にいない。それだけのことが、まだ信じられないという顔だった。


「――リン」


「うん」


「大丈夫か」


「分からない」


 リンは、正直に答えた。


「今日、あの子たちが帰る場所を見て、少し、変な気持ちになった」


「変な気持ち」


「羨ましいのか、悲しいのか、自分でもよく分からない」


 セレスは、それ以上追及しなかった。ただ、隣に立ったまま、しばらく子供たちの列を見ていた。


 ◇


 その夜、宿の自室で、ノアは荷物の底から小さな木彫りを取り出した。


 白い鳥を模した、手のひらに収まる飾り。羽の形は、左右で少し違う。不器用な作りだが、握ると、いつも温かい気がした。


 ガロンから貰った時のことを、ノアはよく覚えている。


 名前を選ぶのに迷っていた自分に、ガロンは「行きたい場所へ、自分で行けるようにな」と言った。あの時は、意味がよく分からなかった。ただ、その言葉の響きだけが、ずっと胸のどこかに残っていた。


 今日、引き取られていった子供たちの顔を思い出す。


 名前を呼ばれて、駆け出していく背中。


 あの子たちにも、これから選ぶべき道が、たくさんあるのだろう。


 ノアは、木彫りの鳥を、窓辺にそっと置いた。月明かりが、白い羽をうっすらと照らす。


「……私は、まだ、飛べてないな」


 小さく呟いて、ノアは布団に潜り込んだ。


 ◇


 翌朝、食堂に降りると、ミュゼが疲れた顔で朝食を口に運んでいた。


「昨日は大変だったろ」


「はい……。でも、みんな、ちゃんと行き先が決まってよかったです」


 ミュゼは、スプーンを止めて、ノアの方を見た。


「ノアも、何か思うところあった?」


「――どうしてそう思う?」


「昨日、ずっと難しい顔してたから」


 図星を指されて、ノアは小さく肩を竦めた。


「……少しだけ」


「話す?」


「まだ、うまく言葉にならなくて」


 ノアは、スープの湯気を見つめながら、小さく続けた。


「私も、あの子たちと同じだったから」


 その言葉に、少し離れた席で朝食を取っていたリンが、顔を上げた。


「――ノアも?」


「うん。詳しくは、今度話す」


 リンは、それ以上聞かなかった。ただ、小さく頷いた。


「私も、似てる」


「知ってる」


 ノアは、優しく笑った。


「だから、余計に、何て声をかけたらいいか、まだ分からない」


「かけなくていい」


 リンは、静かに言った。


「同じだって分かってるだけで、十分」


 ミュゼは、それ以上、聞かなかった。ただ、隣に座り直して、ノアの肩に軽く自分の肩をぶつけた。


「言葉になったら、聞かせてね」


「……うん」


 食堂の隅で、ガロンが黙って新聞を読んでいた。だが、その耳は、三人のやり取りをしっかりと拾っていた。


 朝食が終わる頃、アルトが顔を出した。


「調子はどうだ。廃教会の件、上への報告はこっちで済ませておいた」


「助かる」


「――それと」


 アルトは、少し声を落とした。


「しばらく、大きな依頼は入れないつもりだ。今回のことで、みんな疲れてるだろう」


「気を遣ってるのか、お前」


「たまにはな」


 アルトは、苦笑して肩を竦めた。


「骨休めの期間だと思って、好きに過ごせ」


 セレスは、頷きながら、窓際のノアとリンを見た。


 二人とも、窓の外を眺めていた。何を見ているのか、セレスには分からなかった。


 ただ、その横顔が、いつもより少しだけ、遠くを見ているように感じられた。


 一人は、これから旅立つ場所を探している。


 もう一人は、まだ完全には切れていない糸の先を、探している。


 二つの視線は、同じ窓の外を見ながら、決して同じ場所を見てはいなかった。


 ◇


 その夜、リンは自室で、一人、寝台に座っていた。


 骨休めの期間。アルトはそう言ったが、リンの手首には、まだ薄く、黒い線の名残がある。旅商人の忠告が、頭から離れなかった。


 ――時間が経つほど、向こうに近づいていきます。


 窓の外を見る。月は、いつもと変わらず静かだった。だが、耳の奥では、あの低い唸りが、まだかすかに鳴り続けている気がした。


 リンは、自分の手首を強く握った。


「――まだ、大丈夫」


 誰に言うでもなく、そう呟いた。


 その声が、少しだけ震えていたことに、本人はまだ気づいていなかった。

第九十三話「白い鳥、また一羽」をお読みいただき、ありがとうございます。


第四十四話で登場した木彫りの鳥、ずっと出す機会を待っていました。今回は、ノアとリンが初めて、お互いの過去に触れ合う場面も入れています。二人とも「型にはめられた存在」ですが、抜け方はまったく違います。この対比を、これからゆっくり描いていくつもりです。


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