第九十二話 今度は、全員
黒ローブの一団が、地下へなだれ込んできます。今度こそ、全員で立ち向かいます。
黒ローブの一団が、地下の広間になだれ込んできた。
「イリス、レイフィア、リンを頼む!」
「任せて」
イリスとレイフィアが、リンを間に挟むようにして鉄格子の前に立った。子供たちを背に庇う構えだった。
セレスは、ガロンと共に、前へ出た。
「数はこっちが少ないぞ」
「数じゃねえよ」
ガロンが、大剣を構えながら笑う。
「質で勝ってる」
黒ローブの先頭が、セレスを侮るように鼻で笑った。
「銀ランク一人と、老いぼれの大剣使いか。二十は連れてきた、数の暴力に――」
言い終わる前に、その男の姿が消えた。
いや、消えたのではない。セレスの姿が、それだけ速かった。次に見えた時には、男は地面に沈んでいた。
「――は?」
誰かが、間の抜けた声を漏らした。
その一瞬の硬直を、セレスは見逃さなかった。踏み込み、斬り上げ、返す刃で三人目を薙ぐ。剣先が触れるより先に、黒ローブたちの膝が崩れていく。
「な、なんだこいつ……!」
「銀ランクの動きじゃねえぞ、これ!」
悲鳴に近い声が、次々と上がった。ガロンの大剣も同時に唸り、左右から挟もうとしていた二人を一薙ぎで弾き飛ばす。
わずか数呼吸の間に、十を超えていた敵の半数が、地に伏していた。
「――化け物か」
残った黒ローブの一人が、後ずさりながら呟いた。管理人の男でさえ、笑みを固まらせたまま、セレスから目を離せずにいた。
瓦礫で塞いだはずの通路の奥から、鈍い破砕音が響いた。
「――ノア!」
「大丈夫です、まだ持ちます!」
ノアの声が、瓦礫の向こうから返る。黒ローブの数人が、塞がれた道をこじ開けようとしていた。ノアは、崩れかけた梁の残骸を杖代わりに構え、隙間から手を伸ばしてくる相手の腕を、容赦なく打ち払っていた。
「一人でやらせるな、援護しろ!」
セレスの声に、ミュゼが即座に反応した。
「私が行きます!みんなの傷、私が見ますから、遠慮なく攻めてください!」
淡い緑の光が、セレスとガロン、そして瓦礫越しのノアを包む。廃倉庫の時とは、明らかに違う密度の光だった。
管理人の男が、広間の奥で、両手を組んで見ていた。
「なるほど。噂通りですね」
男が指を鳴らすと、子供たちの手首の偽紋様が、一斉に光を帯びた。
「――!?」
「動きを止めたければ、そのまま戦ってください。ただし、この子たちがどうなるかは、保証できませんが」
レイフィアの顔が、青ざめる。
「卑怯者!」
「褒め言葉として受け取っておきます」
同時に、黒い結晶の柱の唸りが、一段強くなった。
リンの膝が、崩れかけた。
「――リン!」
「離さないで」
リンが、自分からイリスの腕を強く掴み返した。
「離さないで。今度は、私から離れない」
「分かってる」
イリスは、剣を片手に構えたまま、もう一方の手でリンの腕を離さなかった。
セレスは、拳を握った。
廃坑の記憶が、蘇る。だが今日は、違う。リンは、自分から手を伸ばしてきた。
「ミュゼ!子供たちの方も!」
「はい、任されました!」
ミュゼが、杖を子供たちへ向けた。淡い緑の光が、鉄格子の中へ流れ込む。
「偽紋様の暴走、抑え込みます!時間を稼いでください!」
「――十分だ」
セレスは、管理人へと踏み込んだ。
骸甲術とは違う、けれど彼が積み上げてきたもう一つの力。相手の紋様に触れ、繋がる感覚。管理人の指先に、意識を集中させる。
紋様を操る糸を、直接、断ち切った。
子供たちの手首の光が、一斉に消える。
「――なっ」
管理人が、初めて動揺を見せた。
「そんな真似が」
「相手が、手を伸ばしてくれた」
セレスは、静かに言った。
「あの子たち全員が、助かりたいと思ってた。それだけの話だ」
管理人の顔から、笑みが完全に消えた。
「――厄介ですね、本当に」
彼は、懐から丸い球体を取り出した。次の瞬間、それを地面に叩きつける。
白煙が、辺りを覆った。
「逃げるか!」
ガロンが叫ぶが、視界はほとんど利かない。
煙が晴れた時には、管理人の姿は消えていた。黒ローブたちも、主を失って浮足立ち、次々と逃走していく。瓦礫の隙間から、ノアが最後の一人を打ち倒した。
「――こっちも、片付きました!」
「――待ちなさい」
レイフィアの声が、鋭く響いた。
リンから手を離さないまま、彼女は逃げる黒ローブの一人の足元へ、細剣を投げた。足がもつれ、男が転がる。
「一人くらい、話を聞かせてもらうわ」
深追いはしなかった。だが、その一人だけは、ガロンが確保した。
◇
柱の唸りが、完全に止まっていた。
リンは、イリスの腕の中で、荒い息をついていた。
「――大丈夫か」
セレスが駆け寄ると、リンは弱々しく頷いた。
「離さなかった。今度は、ちゃんと」
「よくやった」
「イリスが、離さなかったから」
「あんたが、離されまいとしたからよ」
イリスが、静かに言った。
瓦礫を乗り越えて、ノアも駆け寄ってきた。
「リン、無事……!」
「うん。ノアも」
二人は、それだけで、しばらく見つめ合っていた。何かが少し近づいたような沈黙だった。
地上に戻ると、夕暮れの光が、崩れた尖塔を橙色に染めていた。
子供たちは、みな無事だった。怯えた顔は、まだ完全には消えていない。だが、その目に、生きて帰れたという実感が、少しずつ滲んでいくのが分かった。
「ありがとう、ございました」
いちばん年上らしい少女が、深く頭を下げた。
「――お前らのおかげじゃない」
セレスは、首を振った。
「お前らが、生きようとしてくれたからだ」
少女は、しばらく黙って、それから小さく頷いた。
捕らえた黒ローブの一人は、王都へ連れ帰り、ギルドへ引き渡された。管理人本人は取り逃がしたが、この日の証言と、廃坑の帳面とを合わせれば、組織の一端はいずれ見えてくるはずだった。
王都への帰り道、子供たちを馬車に乗せながら、セレスは空を見上げた。
管理人は逃げた。銀仮面の真偽も、まだ分からないままだ。答えの出ない問いは、相変わらず山ほど残っている。
それでも、今日、守れたものがあった。
隣を歩くリンが、ふと、口を開いた。
「――今日、少しだけ分かった」
「何がだ」
「戻ってこられるかどうかは、私一人の力じゃない、ってこと」
リンは、自分の手首を見た。黒い線は、もう跡形もなかった。
「離さないでいてくれる人がいるから、戻ってこられる」
それだけで、十分だと思えた。
第九十二話「今度は、全員」をお読みいただき、ありがとうございます。
廃坑での後悔を、今回はきちんと取り返す形で書けたと思います。リンが今回、仲間の手を自分から離さなかったところに、彼女の変化を込めたつもりです。ノアも今回、通路を守る役目でしっかり戦っています。管理人は逃しましたが、証言と帳面という手がかりは手に入れました。
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