第九十一話 崩れた祈りの場
廃教会跡地に到着します。
廃教会は、王都から半日ほどの丘の上にあった。
尖塔は半分崩れ、蔦に埋もれている。だが、正面の扉だけは、不自然なほど新しい蝶番で補強されていた。
「――ここだけ、手が入ってる」
イリスが、扉に触れながら呟く。
「開けるか」
「開ける」
セレスの言葉に、七人は頷き合った。アルトを王都に残しての七人での潜入だった。
「待って」
ノアが、扉の下枠にしゃがみ込んだ。
「これ、蝶番だけじゃないです。土、最近掘り返されてます。荷物を運び出した跡です」
「――方向は」
「奥へ向かって、深い方に」
ノアは、街で噂を拾い集めてきた時と同じ目で、地面の跡を辿った。誰も気づかなかった痕跡だった。
「役に立つな、お前」
ガロンが、珍しく素直に言った。ノアは、少し驚いた顔をしてから、小さく笑った。
「――行きましょう」
扉の先は、がらんとした礼拝堂だった。壊れた長椅子、崩れた祭壇。だが、祭壇の裏に、地下へと続く階段が隠されていた。
石段は、綺麗に磨かれていた。長い間、人の足で踏まれ続けてきた証だった。
「下に、続いてる」
ガロンが、大剣を抜きながら先頭に立つ。
地下は、ひんやりとした空気に満ちていた。石造りの通路の壁に、等間隔で明かりが灯っている。廃坑で見たものと、同じ質の光だった。
角を曲がった瞬間、黒ローブの見張りが二人、通路の先に立っていた。
「――誰だ!」
声を上げるより早く、ガロンの大剣が一人の横腹を打ち抜いていた。もう一人が杖を構える暇もなく、セレスの拳が顎を捉える。二人とも、声を上げる間もなく崩れ落ちた。
「見張りにしちゃ、弱すぎるな」
「本命は、この先ってことだろ」
ガロンが、倒れた男の懐を探ると、簡素な鍵と、行き先を示す木札が出てきた。
「――先を急ぐぞ」
通路の途中で、リンが足を止めた。
「――音、する」
「音?」
「低い。ずっと鳴ってる」
セレスは耳を澄ませたが、何も聞こえなかった。イリスもレイフィアも、首を横に振る。
「聞こえない、けど」
「歯の裏側で、鳴ってる」
リンは、自分の手首に触れながら答えた。だが、それ以上は何も起きなかった。低い唸りは、遠くで鳴り続けているだけだった。
レイフィアが、さりげなくリンの隣に並んだ。約束通りだった。
「大丈夫」
「うん、平気」
リンは、小さく頷いた。九番の一件から、ずっと自分の手首を意識するようになっている。だが、今日は、まだ引っ張られてはいない。
通路を進むと、鉄格子の並ぶ広間に出た。
その光景に、全員が息を呑んだ。
鉄格子の中に、子供たちがいた。十人はいるだろうか。手首に、まだ薄い偽紋様が刻まれている者もいる。
「――なんてこと」
ミュゼが、両手で口を覆った。
「まだ、間に合う。今度は、間に合わせる」
セレスは、剣の柄を握り直した。廃坑での後悔が、腹の底で燃えていた。
鉄格子の奥、一番小さな子供が、震える声で囁いた。
「――たすけて、くれるの」
誰も、すぐには答えられなかった。ガロンが先に膝をつき、格子の隙間から、その子と目線を合わせた。
「ああ。約束する」
短い一言だったが、それだけで、子供の目に、初めて涙が浮かんだ。
その時、広間の奥から、拍手の音が響いた。
「――お客様ですか。珍しい」
闇の奥から現れたのは、白い法衣を纏った男だった。年齢は分からない。柔和な笑みを浮かべているが、目だけが、笑っていなかった。
「お前が、ここの責任者か」
「責任者は、私よりずっと上の方です。私は、ただの管理人ですよ」
男は、両手を広げてみせた。
「子供たちを、お迎えに?」
「そうだ」
「残念ですが、それは困ります。彼らは、大切な材料ですので」
材料、という言葉に、レイフィアの表情が強張った。
「――許さない」
彼女の声が、低く震えた。
「知ってる。あなたたちのやり方は、もう十分」
男は、悲しげに首を振った。
「乱暴な話をしないでください。私たちは、ただ、力の無い者に力を与えているだけです。この子たちは、みんな同意の上で――」
「子供が、同意なんてできるか!」
ガロンの怒声が、広間に響いた。
男の笑みが、初めて崩れた。
「――やはり、話が通じませんね」
男が指を鳴らすと、通路の左右から、黒ローブの一団が姿を現した。数は、これまでのどの遭遇よりも多い。十を超えている。
「銀仮面様の型を、無駄にはさせません」
その言葉に、セレスの目つきが変わった。
「銀仮面様、だと。生きてるのか」
「さあ、どうでしょうね」
男は、曖昧に笑った。
「私が知っているのは、あの方の技術が、今も正しく受け継がれているということだけです」
男の視線が、初めてリンへと向いた。
「――ああ、あなたですか。噂には聞いていました。逃げた型が、随分と丁寧に囲われているそうで」
「リンに触るな」
セレスの声が、これまでで一番低くなった。
「触りません。触らなくても、あちらから戻ってきますから」
男は、それだけ言って、静かに笑った。旅商人の忠告が、頭の中で重なる。時間が経つほど、向こうに近づいていく――。
黒ローブたちが、じりじりと距離を詰めてくる。
「イリス、レイフィア、子供たちを頼む。ノアは通路を塞いで逃げ道を潰してくれ。リンはミュゼと一緒に後方。ガロンは俺と前へ」
セレスの指示に、それぞれが即座に動いた。ノアは、崩れかけた梁を蹴り落とし、奥の通路を瓦礫で塞いだ。黒ローブの一部が、迂回を諦めて足を止める。
「――塞ぎました!」
「上出来だ」
「あなた方に、ここから帰る道があるといいですね」
男が、静かにそう言った瞬間、黒ローブの一団が一斉に動き出した。
鉄格子の奥、子供たちの怯えた目が、セレスたちを見つめていた。
――今度は、絶対に。
セレスは、剣を構え直し、前へと踏み出した。
第九十一話「崩れた祈りの場」をお読みいただき、ありがとうございます。
七人揃っての潜入、今回はノアの観察眼が初めて仲間の役に立つ場面を書きました。街で噂を拾い集めていた彼女らしい活躍です。管理人と名乗る男の不気味な穏やかさも、意識して書きました。
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