第九十話 連れていくか、置いていくか
イリス、レイフィア、ノアが戻ってきます。全員で、大事な相談をします。
イリスたちが宿に戻ってきたのは、翌朝のことだった。
「――待たせたな」
イリスが、いつもの淡々とした声で言う。ノアが、その後ろから小さく手を振った。
「セレスさん、無事でよかったです……!」
「そっちこそ、何もなかったか」
「特には」レイフィアが、外套の埃を払いながら答える。「ただ、掴んだ情報はいくつかあるわ」
食堂に全員が揃うのは、久しぶりだった。ミュゼが、湯気の立つスープを配って回る。
「まず、こっちから話す」
セレスは、廃坑での出来事、リンの一件、旅商人との接触、そしてアルトが解読した帳面の話を、順に語った。
イリスは、黙って聞いていた。話が終わると、静かに言った。
「――そうか。辛かったな」
その視線が、リンに向いた。リンは、目を逸らさなかった。
「大丈夫。もう、平気」
「平気そうには見えないけど」
レイフィアが、地図を広げながら言う。
「でも、無理に聞かないわ。それより、こっちの成果」
レイフィアは、地図の一点を指で示した。
「街道沿いの村を回ったの。不審な荷馬車の目撃談が、二件。どちらも、王都近郊への出入りに関わってた」
「王都のすぐ外、って線と合うな」
「ええ。それと――ここ、廃教会の跡地。最近、人の出入りがあるって噂があったの。関係あるかもしれない」
アルトが解読した集積地の候補と、ほぼ同じ方角だった。
「ノアの方は」
「私は、あんまり役に立ってないかも」
ノアが、申し訳なさそうに肩をすくめる。
「街の噂を集めて回っただけで。ただ……」
「ただ?」
「最近、王都の外れで、子供がいなくなったって話を、何件か聞きました。事件になってないだけで、実はもっとあるのかもしれません」
場の空気が、一段冷えた。
「攫われてる、ってことか」
ガロンが、低く唸る。
「確証はないですけど」
「十分な確証だ」
セレスは、拳を握った。廃坑で見た鉄格子の光景が、頭をよぎる。
◇
その日の午後、アルトが再び宿を訪れた。
「正式に依頼が下りた。王都近郊の廃教会跡地、調査及び必要に応じた制圧」
彼は、資料をテーブルに置いた。
「ギルドとしても、これまでの一連の件と繋がっている可能性が高いと判断した。人員も追加で回す」
「アルトも来るのか」
「いや、俺はここに残る。帳面の続きの解読と、後方支援だ」
アルトの表情が、一瞬曇った。
「――それに、正直に言うと、警戒しろと言われた。妙な忠告を受けたんだろう、セレス」
「知ってたのか」
「お前が誰かに聞かれたなら、俺の耳にも入る。この街は、そういう場所だ」
アルトは、苦笑した。
「心配するな。俺も伊達に何年もこの仕事をしてない。念のため、護衛はつけてもらう」
「――分かった」
夜、七人が食堂に集まった。
「明日の朝、出発する」
セレスの言葉に、全員が頷いた。だが、話はそこで終わらなかった。
「――一つ、決めなきゃいけないことがある」
セレスは、リンの方を見た。
「お前を、連れていくかどうかだ」
空気が、張り詰めた。
「反対だ、俺は」
ガロンが、遠慮なく口を開いた。
「廃坑は、まだ運が良かった。次はもっと深いところまで踏み込むことになる。子供を連れて入る場所じゃねえ」
「私も反対よ」
レイフィアが続く。
「偽紋様が絡む場所に、紋様を持ってる子を連れていくなんて、危険度が違いすぎるわ」
「――でも」
ミュゼが、静かに手を挙げた。
「リンが行かなかったら、たぶん、また勝手についてきます。それなら、目の届く場所にいてくれた方が、まだ安全だと思います」
「否定できねえのが腹立つな」
ガロンが唸った。
イリスは、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「条件付きなら、賛成する」
「条件?」
「一つ。広間に入ったら、リンは必ず誰かの手の届く範囲にいること。二つ。危ないと判断したら、本人の意思に関係なく退かせる。私が退かせる」
「厳しいな」
「甘くする理由がない」
ノアは、それまで黙って聞いていたが、リンの方を一度見て、静かに言った。
「私は、リンの気持ちを聞きたい」
全員の視線が、リンに集まった。
リンは、しばらく黙っていた。長い沈黙だった。逃げるための沈黙ではなかった。
「行く」
「理由は」
セレスが聞くと、リンは指を一本立てた。
「一つ。あそこに、私と同じ目に遭ってる子たちがいるなら、私が見れば、何か分かるかもしれない。たぶん、この中で私だけ」
二本目を立てた。
「二つ。私が行かなかったら、みんなが私のことを考えながら戦う。それが、一番危ない」
誰も、すぐには何も言えなかった。
ガロンが、深く息を吐いた。
「……言うようになったな」
「それと」
リンは、続けた。
「条件を、私からも出す」
「言え」
「もし、あそこに――黒い石みたいなものがあったら」
リンは、自分の手首を握った。
「私は、近づかない。近づかないようにする。それでも近づいてたら、止めて」
「――どういう意味だ」
「分からない」
リンは、正直に答えた。
「でも、廃坑の時、足が勝手に奥へ行こうとした。あれは、私が決めたことじゃなかった」
「リン」
「だから、止めて」
リンは、セレスの目を見た。
「殴ってでも」
ミュゼが、息を呑む音がした。
セレスは、しばらくリンを見返してから、頷いた。
「――分かった。止める」
「約束」
「ああ」
その約束を、その場にいた全員が、黙って聞いていた。
ガロンが、椅子を立って、大きな鍋を運んできた。
「食え。全員だ。腹が減ってちゃ、まともに戦えねえ」
誰も、それには逆らわなかった。
窓の外では、王都の夜が、いつも通りに更けていった。だが、その静けさの下で、明日への緊張が、確かに膨らみ始めていた。
第九十話「連れていくか、置いていくか」をお読みいただき、ありがとうございます。
七人が揃うのは久しぶりです。リンを連れていくかどうか、仲間それぞれの立場から本気で議論する回にしました。第七十四話で「私も、行く」と手を挙げるだけだったリンが、今回は理由も条件も、自分の言葉で出しています。
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