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女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第五章 鎖の少女、選ぶ

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第八十八話 困った視線

王都で少し息をつく回です。銀ランクになってから、意外な視線が増えていることに気づきます。

 翌朝、宿の食堂に降りると、ミュゼがすでに待ち構えていた。


「約束、覚えてますよね」


「約束?」


「プリンです!ずっと楽しみにしてたんですから!」


「――ああ、そういえば」


「そういえば、じゃないです!」


 厨房から漂ってくる甘い匂いに、ガロンが鼻を鳴らした。


「俺の分もあるんだろうな」


「ガロンさんの分もちゃんとありますよ。まあ、セレスさんの半分の大きさですけど」


「なんでだよ」


「危険な思いをしたご褒美です」


 ミュゼは、澄まし顔でそう言うと、皿を運んできた。リンの分もある。彼女は少し戸惑った顔で、それでも小さく礼を言って受け取った。


 久しぶりに見る、平和な食卓だった。


 ◇


 昼過ぎ、セレスはギルドの掲示板を眺めていた。銀ランクになってから、依頼の質が明らかに変わっている。見合う仕事を選ぶのも、少し慣れが要った。


「――あの、すみません」


 声をかけてきたのは、見覚えのある顔だった。銀ランク試験で共に受けた受験者の一人だ。名前は、確かレオンといった。


「なんだ」


「その、先日の試験の時から、ずっと気になってて」


 レオンは、妙に緊張した様子で、髪をかき上げた。


「銀に上がったお祝いというか、今度、飯でもどうかと思って」


「――は?」


 セレスは、思わず聞き返した。レオンの顔が、みるみる赤くなる。


「い、いや、変な意味じゃなくて!ただ、話してみたいなと思って」


「セレスさん、モテますね」


 いつの間にか隣にいたミュゼが、興味深そうに会話に加わってきた。


「モテてない」


「モテてますよ、この反応」


 セレスは、内心で頭を抱えた。相手はどう見ても、ただの好意で誘っている。だが、こちらの中身は、間違いなく男だ。


「悪いが、その手の誘いは受けない」


「そ、そうですか」


 レオンは、あからさまに肩を落とした。


「振られちゃいましたね」


 ミュゼが、面白がるように言う。


「お前、笑ってるだろ」


「笑ってません」


「絶対笑ってる」


 その様子を見ていたガロンが、腹を抱えて笑い出した。


「セレス、お前、見た目だけならそこらの令嬢より整ってるからな。仕方ねえよ」


「笑い事じゃない」


 セレスは、深くため息をついた。


(――こういうの、慣れないな)


 中身が男だと分かっていても、見た目に向けられる好意には、どう反応していいか分からない。困り顔のセレスを、少し離れた場所からイリスが眺めていた。


「――大変そうね」


「他人事だと思って」


「他人事だもの」


 イリスは、素っ気なく言い放った。それから、少しだけ表情を緩めた。


「でも、悪いことじゃない。お前がそうやって困る顔、初めて見た」


「困らせてどうする」


「別に、困らせたいわけじゃない」


 イリスは、それだけ言って、掲示板の別の依頼票に目を移した。セレスは、その背中を見ながら、小さく息を吐いた。


 自分に向けられる好意も、期待も、まだどこか他人事のように感じてしまう。それでも、こうして戸惑う自分の反応を、少しだけ面白く思っている自分もいた。


 ◇


 昼下がり、宿の裏庭では、ノアが洗濯物を干していた。


「――セレス、モテたんだって?」


 噂は、もう回っているらしい。セレスは、げんなりした顔で頷いた。


「レイフィアから聞いたのか」


「ミュゼから」


「あいつ、広めるのが早すぎる」


 ノアは、シーツを一枚、丁寧に伸ばしながら、小さく笑った。


「いいと思う。セレスが、困ってるところ」


「なんでだよ」


「いつも、余裕そうだから。今日みたいなの、たまにはいい」


 その言葉に、セレスは何も言い返せなかった。


 少し離れた井戸端では、レイフィアが水を汲みながら、こちらの様子を窺っていた。


「――女の子に言い寄られて困る、なんて贅沢な悩みね」


「贅沢だと思ったことはない」


「そう?私なら、ちょっと羨ましいけど」


 レイフィアは、そう言ってから、耳が赤くなっているのに気づいたのか、慌てて水桶を持ち直した。


「な、なんでもないわ。忘れて」


「今の、聞かなかったことにする」


「そうして頂戴」


 その軽いやり取りに、洗濯物を干していたノアが、くすりと笑った。


 夕方、アルトが宿に顔を出した。


「――噂は聞いた」


「お前もか」


「この街で、お前の噂が回らない日はない」アルトは、珍しく口元を緩めた。「銀ランクの、無色の。そう呼ばれ始めてるらしいぞ」


「呼び方が変わってきてるのか」


「実力が認められてきてる証拠だ。悪いことじゃない」


 アルトは、そう言ってから、帳面の解読状況を軽く報告した。まだ進展はないが、着実に進めているという。


「――もう少し待ってくれ」


「急いでない。地道にやってくれればいい」


 その言葉に、アルトは短く頷いて、また資料の山へと戻っていった。


 ◇


 その夜、セレスは一人で市場に出た。


 両替と、砥石の買い出し。用件はすぐに済んだが、雑踏の心地よさに、少し遠回りをしたくなった。


 人混みの中を歩いていた時だった。


 視界の端を、見覚えのある線の細い横顔がよぎった。


 旅装束ではない。街に馴染んだ、ごく普通の格好をしている。だが、あの物腰は、忘れようがなかった。


(――あいつ)


「――待て!」


 声をかけて、駆け出した。


 人混みをかき分ける。だが、青年の姿は、瞬く間に人の波に紛れていった。角を曲がった先には、誰もいない。


「……見失ったか」


 セレスは、荒くなった息を整えながら、周囲を見回した。


 王都に、いる。リード村で会ったあの旅商人が、この街の雑踏に紛れて歩いていた。


 偶然か、それとも。


 考えを巡らせながら宿へ戻ると、食堂にリンがまだ起きていた。窓辺の椅子に座って、外を眺めている。


「――眠れないのか」


「うん、少し」


 リンは、セレスの表情を見て、小さく首を傾げた。


「何かあった?」


「……あの旅商人を、この街で見かけた」


 その一言に、リンの顔が強張った。


「……本当に?」


「見失ったが、間違いない」


 リンは、しばらく黙り込んだ。それから、自分の手首に触れながら、ぽつりと言った。


「あの人、たぶん、私たちを見に来てる」


「なんのために」


「分からない。でも……あの声と、無関係じゃない気がする」


 根拠のない直感だった。だが、セレスはそれを軽んじなかった。


「気をつけておく。お前も、一人で出歩くのは控えろ」


「……うん」


 リンは、素直に頷いた。


 窓の外、王都の夜景を、二人はしばらく黙って見つめていた。答えの出ない問いが、また一つ増えていた。

第八十八話「困った視線」をお読みいただき、ありがとうございます。


銀ランクになったセレスに、思わぬ好意が向けられる回でした。中身は男なのに、見た目は美少女という設定、ずっと使いたかったネタです。最後はまた不穏な引きになりましたが、旅商人の目的、少しずつ気になってくる頃だと思います。


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