↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第五章 鎖の少女、選ぶ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
87/94

第八十七話 繋いだ手の続き

廃坑から一夜明けて、リンの心情に寄り添う回です。

 街道沿いの宿に一泊し、王都へ戻る前の朝だった。


 リンは、部屋の隅で膝を抱えて座っていた。朝食を呼びに来たミュゼが、その姿を見て足を止める。


「――入っていい?」


「……うん」


 ミュゼは、盆を置いて隣に座った。


「昨日のこと、話す?」


「話すこと、あんまりない」


 リンは、自分の手首を見下ろした。黒い線は、もうほとんど消えている。それでも、指先でなぞる仕草は止まらなかった。


「怖かった、でしょう」


「……うん」


 小さな声だった。


「自分が、自分じゃなくなるみたいだった。足が、勝手に動いて」


「戻ってこられたじゃない」


「セレスが、止めてくれたから」


 リンは、膝に顔を伏せた。


「私一人だったら、駄目だった」


 ミュゼは、それを否定しなかった。ただ、隣に座り続けた。


「――ねえ、リン」


「なに」


「私も、昔、似たようなこと、あったよ」


 リンが、顔を上げた。


「才能なし、って言われたの。村の魔法使いに。適性はあるけど、伸びしろはないって」


「……それとこれは、違うでしょう」


「違うよ。でも、自分が自分のままでいいのか分からなくなる感じは、同じかもしれない」


 ミュゼは、少し笑った。


「私は、誰にも引っ張られなかった。ただ、自分で自分を諦めそうになっただけ。リンは、外から引っ張られてる。もっとずっと、つらいと思う」


「……」


「でも、諦めなかったから、私は今、ここにいる。リンも、今日、自分の足で戻ってきたでしょう」


 リンは、しばらく黙っていた。


「戻れたのは、セレスが手を離さなかったから」


「うん。それも本当。でも」


 ミュゼは、リンの手を取った。


「最後に一歩を踏みとどまったのは、リン自身だよ。あれ、見てた。あなたの目、途中から、ちゃんと自分の意思で止まってた」


 リンの目に、涙が滲んだ。


「……分からない。本当に、自分の意思だったのか」


「分からなくていい。今は」


 ミュゼは、リンの手を、ぎゅっと握った。


「私たちが、覚えておくから」


 ◇


 朝食の席で、ガロンは珍しく無口だった。パンを黙々と口に運びながら、時折、リンの方を窺うような視線を送っている。


「――なんだよ」


 視線に気づいたリンが、ぶっきらぼうに言った。


「いや」


 ガロンは、視線を逸らした。それから、しばらくして、ぽつりと言った。


「昨日、格好悪かったな、俺」


「え?」


「お前が引っ張られてる時、体が動かなかった。セレスが動いたのに、俺は突っ立ってただけだ」


 ガロンは、パンを握りつぶすように持った。


「守るとか偉そうなこと言っといて、いざって時にこれだ」


「――ガロンは、悪くない」


 リンが、初めて自分から口を開いた。


「あれは、私の問題だから。誰かに止めてもらう問題じゃなかった、本当は」


「そういう問題じゃねえだろ」


 ガロンは、低く唸った。


「仲間が引っ張られてんのに、動けなかった自分が嫌なんだよ。次は、絶対に止める。剣で敵を斬ることしかできねえと思ってたが、そうじゃないなら、他のやり方も覚える」


 その不器用な言葉に、リンは、少しだけ表情を緩めた。


「……ありがとう」


「礼を言われることじゃねえよ」


 ガロンは、そっぽを向いて、また黙々とパンを食べ始めた。だが、その耳が、少しだけ赤くなっていた。


 ◇


 王都までの帰り道、セレスはリンと並んで歩いていた。


「――昨日は、悪かった」


 リンが、不意にそう言った。


「なにが」


「勝手に糸に引っ張られて、足止めたこと」


「謝ることじゃない」


「でも」


「お前が謝る道理はない。悪いのは、あの声の主だ」


 セレスは、はっきりとそう言った。


「お前は被害者だ。それ以上でも以下でもない」


 リンは、しばらく黙って歩いた。


「――ねえ」


「なんだ」


「昨日、私の中に入ってきたでしょう。私の、怖い気持ち」


「……ああ」


「重かったんじゃないの、あれ」


 セレスは、少し考えてから答えた。


「重かった。正直、今も奥歯が痛い」


「……ごめん」


「謝るな、って言ったろ」


 セレスは、軽く笑った。


「重くても、繋いだのは俺の意思だ。お前のせいじゃない」


 リンは、それ以上何も言わなかった。ただ、しばらく歩いてから、ぽつりと呟いた。


「――繋ぐのって、大変なんだね」


「そうだな」


「それでも、繋ぐの?」


「繋ぐ」


 セレスは、迷わず答えた。


「繋がなかったら、届かない。届かなかったら、お前は昨日、戻ってこられなかった」


 リンは、俯いた。それから、小さく、本当に小さく、笑った。


「――変な人」


「よく言われる」


 その軽いやり取りに、少しだけ空気が緩んだ。


 ◇


 王都に着いたのは、日が傾き始めた頃だった。


 ギルドに顔を出すと、アルトが窓際の席で書類に目を通していた。四人の姿を見るなり、椅子を蹴るように立ち上がる。


「――遅かったな。何かあったのか」


 その一言だけで、アルトはすぐに異変を察したらしい。セレスは、廃坑での出来事を、順を追って話した。空になった鉄格子、灰にされた書類、鈴の音、そしてリンの一件。


 話を聞き終えたアルトの表情は、しばらく硬いままだった。


「――お前が無事で、良かった」


 彼は、リンに向かってそう言った。素っ気ない言い方だったが、リンはそれを、驚いたように受け止めた。


「……心配、してくれたんだ」


「当然だろう」


 アルトは、それ以上は言わず、視線を帳面に移した。


「これが、持ち帰った資料か」


「読み解けるか」


「時間はかかるだろうが、やってみる」


 アルトは、帳面を丁寧に受け取ると、ページをめくりながら眉を寄せた。


「……この記号、どこかで見た覚えがある。少し預からせてくれ」


「頼む」


 セレスが頷くと、アルトは帳面を大事そうに懐にしまった。


 その夜、宿に戻ったリンは、部屋に入る前に、セレスを呼び止めた。


「――今日、色々とありがとう」


「もう何度も聞いた」


「まだ言い足りない」


 リンは、真剣な顔でセレスを見上げた。


「私、まだ完全には、大丈夫じゃないと思う。また、同じことが起きるかもしれない」


「かもな」


「それでも、一緒にいさせてくれる?」


 その問いに、セレスは迷わなかった。


「当たり前だろ」


 リンは、少しだけ泣きそうな顔をして、それから、いつもよりわずかに柔らかい表情で頷いた。


「――おやすみ」


「ああ、おやすみ」


 王都の夜は、いつも通りに更けていった。答えの出ない問いは、まだいくつも残っている。だが、少なくとも今日、リンはこちら側で、自分の足で歩いていた。


 それだけで、十分な収穫だった。

第八十七話「繋いだ手の続き」をお読みいただき、ありがとうございます。


前回のリンの危機を、今回はきちんと受け止める回にしました。ミュゼの過去との重ね合わせ、ガロンの不器用な悔しさ、セレスとリンの会話、それぞれの角度から向き合わせています。「繋ぐ」という力の重さも、今回で少し掘り下げました。


面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価でも応援してもらえると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。