↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第五章 鎖の少女、選ぶ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
86/94

第八十六話 呼ぶ声

廃坑に到着します。ひと月前から灯る明かりの正体、そしてリンにとって一番つらい遭遇になります。

 廃坑の入り口は、蔦に覆われて半分崩れていた。


 だが、その奥からは、確かに光が漏れていた。


「本当に、灯ってやがる」


 ガロンが、松明も持たずに低く呟いた。


「あの旅商人が言った通りですね」ミュゼが声を潜める。「物騒、って」


 セレスは、崩れた坑口の縁に手をかけた。木材の継ぎ目には、まだ新しい滑車の跡がある。何年も放棄された廃坑にしては、手入れが行き届きすぎていた。


 リンは、坑口の前で足を止めていた。


「――大丈夫か」


「大丈夫」


 答える声が、硬い。セレスは、それ以上は聞かなかった。


「行くぞ」


 四人は、灯りを頼りに坑道の奥へと足を進めた。


 ◇


 しばらく歩くと、坑道は不自然に広がった空間に出た。


 人の手で削り広げられたものだ。壁際には、木箱がいくつも積まれている。蓋の開いたひとつを覗き込むと、中には、見覚えのある偽紋様の術式具が並んでいた。


「これ……地下遺跡の時と、同じ型」


 ミュゼが、青ざめた声で言う。


「量産してやがるのか」


 ガロンが、木箱の一つを蹴り倒した。中身が音を立てて転がる。


 空間の奥には、鉄格子がいくつも並んでいた。ほとんどが、既に空だった。急いで運び出したのだろう、鎖の一部が千切れたまま残されている。


「――もう、移した後、か」


「待って」


 ミュゼが、一番奥の鉄格子を指した。


 そこだけ、まだ人がいた。


 老いた男が、壁にもたれるようにして倒れていた。手首の偽紋様は、他のどれよりも色濃く、皮膚の奥まで食い込んでいる。


「動かせなかったんだ、こいつだけ」ガロンが、錠を叩き壊しながら呻いた。「弱りすぎてて、連れていけなかったんだろう」


 男の胸に、番号を示す木札が下がっていた。数字だけが書かれていて、名前は無かった。


 リンが、その木札を見た瞬間、息を呑む音がした。


「――九番」


 小さな声だった。


「私と、同じ書き方」


 セレスが、その場に膝をついた時だった。


 リンが、その場に立ち尽くしたまま、動かなくなった。


「リン?」


 呼びかけても、反応がない。


 目が、焦点を失っている。呼吸だけが、浅く、速い。


「――おい、しっかりしろ!」


 ガロンが駆け寄ろうとした瞬間、坑道の奥から、鈴の音が聞こえた。


 ちりん。


 小さな音だった。だが、その場の空気が、一瞬で変わった。


「……その、音」


 リンの唇が、震えながら動いた。


『――帰る場所は、空けてある』


 声だった。誰のものでもない、坑道の暗がりから直接染み出してくるような声。


 リンの手首が、内側から光り始めた。黒い線が、皮膚の下で脈打つ。


「リン!」


 セレスは駆け寄り、リンの肩を掴んだ。だが、彼女の目には、もうセレスが映っていないようだった。


「――ここにいちゃ、駄目」


 リンが、譫言のように呟く。


「戻れって、言ってる。戻らないと、みんな……」


「みんな、誰のことだ!リン、聞け!」


 リンの足が、坑道の奥へ向けて、一歩、動いた。


 セレスは、その手を強く握った。


「駄目だ」


「離して」


「離さない」


 リンの目に、初めて焦点が戻った。だがそこにあったのは、怯えと、混乱だった。


「分からない……私、何を」


「大丈夫だ。ここにいる」


 セレスは、繋いだ手に、意識を集中させた。白銀の紋様が、微かに熱を持つ。相手の輪郭を感じる。感じた瞬間、押し寄せてくるものがあった。


 ――恐怖。行き場のない、幼い頃からずっと抱えてきた恐怖。誰かに壊されるかもしれない、また作り直されるかもしれないという、根の深い恐怖。


 セレスの奥歯が、軋んだ。痛い。これは、リンの痛みだ。


 それでも、手を離さなかった。


「――俺は、ここにいる。お前を、連れ戻す気はない」


 黒い線が、脈動を弱めていく。


「……ごめん」


 リンの声が、掠れていた。涙が、頬を伝っていた。


「今の、なに。私、何をしようと」


「気にするな。戻ってこられたなら、それでいい」


 その時、鉄格子の中で、九番と呼ばれていた男の呼吸が、目に見えて浅くなった。


「――セレスさん!」


 ミュゼが、駆け寄って杖をかざす。淡い緑の光が、男の胸に注がれた。だが、光は皮膚の表面で弾かれるように散り、深くまで届かなかった。


「駄目です、偽紋様が濃すぎて、回復魔法が通らない!」


 セレスは、鉄格子の隙間から手を伸ばした。男の手首に触れる。白銀の紋様が、微かに熱を持つ。


 繋がる感覚は、確かにあった。糸の端が、指先に触れている。


(――掴め)


 男の指が、わずかに動いた。


 動いて、そのまま、力を失った。


 白銀の光が男の手首まで届いた瞬間、そこに残っていたのは、もう握り返す力の無い手だった。


「――届かなかった」


 セレスは、声にした。四文字が、思っていたよりずっと重かった。


 ミュゼが、杖を握ったまま、その場に座り込んだ。


「そんな……ついさっきまで、息、してたのに」


 ガロンは、何も言わずに、鉄格子の錠を静かに閉めた。名前の代わりに、木札の数字だけが、暗がりに残った。


 鈴の音は、いつの間にか止んでいた。坑道には、また元の静寂が戻っている。


 だが、その静けさが、かえって不気味だった。


「――逃げられたな」


 ガロンが、悔しそうに舌打ちした。


「囚われてた奴らも、声の主も、両方だ」


 セレスは、リンの手を、まだ離さなかった。


「悪い。無理に、聞き出そうとする気はない。だが一つだけ」


「……なに」


「今の声、知ってるものだったのか」


 リンは、しばらく黙っていた。それから、小さく頷いた。


「知ってる。ずっと前から、時々、聞こえてた」


「今までも?」


「……うん。でも、こんなに強く引っ張られたのは、初めて」


 リンは、自分の手首を見下ろした。黒い線は、まだ微かに残っている。


「私、あのまま行ってたら、戻ってこられなかったかもしれない」


 その言葉に、ミュゼが息を呑んだ。


「そんな……」


「事実だから」


 リンは、静かに言った。


「今日、分かった。私の中に、まだあいつらが繋いだ糸が、残ってる。全部切れてるわけじゃなかった」


 その告白は、誰にとっても重かった。セレスは、何も言えなかった。ただ、まだ握ったままの手に、少しだけ力を込めた。


「――切ればいい」


 しばらくして、セレスはそれだけ言った。


「まだ繋がってる糸があるなら、いつか、お前が自分で切ればいい。今日じゃなくていい。焦る必要もない」


 リンは、セレスを見上げた。


「……できる、かな」


「できるかどうかは知らない。でも、俺たちは、それを待つ」


 リンは、何も言わなかった。ただ、涙をもう一度拭って、小さく頷いた。


 それから、九番と呼ばれていた男が横たわる鉄格子の方を、一度だけ見た。


「――名前、知りたかった」


 誰にともなく、リンはそう呟いた。


「聞く前に、いなくなった」


 ◇


 残りの鉄格子の周りを、四人は改めて調べた。


 急いで撤収した跡があちこちに残っている。書類らしきものは焼かれ、灰になっていた。唯一残っていたのは、壁際の棚の隙間に押し込まれていた、一冊の帳面だった。


「これ……」


 ミュゼが開くと、几帳面な文字で、数字と記号だけが並んでいた。日付らしきものと、荷の量、そして行き先を示すとおぼしき短い記号。


「見落とした、ってことか」


「それとも、わざと残していったか、ですね」


 記号の並びは、王都の外を示しているようだった。だが、詳しい場所までは、この帳面だけでは読み取れない。


「持ち帰って、アルトに見てもらうしかないな」


 セレスは、帳面を懐にしまった。


 答えの出ない問いは、また一つ、王都への持ち帰り荷物に加わった。


 坑口を出ると、夕暮れの光が、崩れた入り口を橙色に染めていた。


 リンは、ずっと無言だった。だが、坑口を出た瞬間、小さく息を吐いた。


「――帰ろう」


 その一言に、セレスは頷いた。


「ああ、帰ろう」


 王都までの帰り道、リンはセレスの少し後ろを歩いていた。何度か振り返ると、彼女はまだ自分の手首に、そっと触れていた。


 完全に切れていない糸が、まだそこにある。


 それでも、今日、リンは自分の足で、こちら側に戻ってきた。


 それだけは、確かなことだった。

第八十六話「呼ぶ声」をお読みいただき、ありがとうございます。


今回、二つのことを同時に書きました。一つは、リンが黒幕側の呼びかけに、初めて本人の意思とは無関係に引き寄せられかける場面。もう一つは、名前も知らないまま届かなかった「九番」の最期です。


リンは今回、間一髪で戻ってこられましたが、まだ完全に切れていない糸がある、という事実だけが残りました。そして、セレスの「繋ぐ」が届かなかった相手も、今回初めて出てきます。強い力にも、届かない時がある――この先、ずっと効いてくる要素です。


面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価でも応援してもらえると嬉しいです!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。