第八十三話 もぬけの倉庫
黒ローブの足取りを追います。
強盗団を雇った黒ローブの正体を突き止めるため、ギルドから正式に調査協力の依頼が出た。
「潜伏先候補は、倉庫街の外れにある廃倉庫だ」
アルトが資料を広げながら言う。
「以前、地下遺跡の一件に関わった残党が使ってた場所と近い。可能性は高い」
「行くしかないな」
セレスは即答した。ガロンとミュゼも頷く。
「少数精鋭で偵察する。目立って逃げられたら意味がない」アルトは資料を畳みながら続けた。「イリスとレイフィアには、別方面の情報収集を頼んである。ノアには、念のため宿で待機してもらう手はずだ」
「分かった」
パーティーが分かれて動くのは、今回が初めてではない。セレスは、それだけ頷いて出発の支度を整えた。
夜更け、三人は倉庫街の闇に紛れて目的の建物へと近づいた。
崩れかけた鉄扉の隙間から、かすかな明かりが漏れている。
「――いる」
ガロンが低く呟いた。
中へ踏み込むと、薄暗い空間に、いくつもの歪んだ影が蠢いていた。人型に近いが、輪郭が不自然に揺らぎ、肌の一部が石のように硬質化している。
「偽紋様の、実験体か……!」
ミュゼが息を呑む。
次の瞬間、影の群れが一斉に動いた。
「数は多い……!」セレスは舌打ちしながら大剣を構えた。「――俺が引きつける。二人は下がってろ」
「一人でこの数、正気か!」
ガロンの声を背に、セレスは一息に踏み込んだ。
最初の一体の懐へ潜り込み、大剣を横薙ぎに振り抜く。硬質化した肌が弾け、実験体の胴が両断された。だが、勢いは止まらない。二体目が背後から、三体目が横から、包囲するように迫ってくる。
「――くっ!」
三方からの攻撃を、セレスは紙一重で捌いた。一体の爪が肩をかすめ、鋭い痛みが走る。それでも足は止めなかった。二体目を下から打ち抜き、返す刀で三体目の核を貫く。
四体、五体。数を減らしても、次から次へと群がってくる。息が上がる。それでも、灼熱狼を単独で仕留めた時とは違う、より洗練された剣筋が、確かに身体に馴染んでいるのが分かった。
六体目が、両腕を鎌のように変形させて突っ込んでくる。セレスは半歩だけ横へ流し、勢いを利用してそのまま懐へ入り込んだ。
「――そこだ!」
剣の切っ先が、実験体の中心にある紋様の核を正確に貫く。歪んだ肉体が、崩壊するように弾けて消えた。
残り一体。だが、それまでの個体よりも動きが速い。振り下ろされた爪を辛うじて剣で受け、鍔迫り合いになる。
「セレス、危な――!」
ミュゼの声が届く前に、セレスは力を込めて相手を弾き飛ばし、体勢を崩したところへ止めを刺した。
最後の一体が崩れ落ちるまで、正直、余裕があったとは言えなかった。荒い息をつきながら、セレスは辺りを見回す。倉庫の中に、静寂が戻っていた。
「――バケモンかよ、お前」
ガロンが、呆れと称賛の混じった声で呟いた。
「証拠、探しましょう」
ミュゼの声に、三人は倉庫の奥へと進んだ。だが、そこにあったのは、空になった作業台と、砕けた術式具の残骸だけだった。
「――もぬけの殻、か」
アルトから聞いていた通りの拠点ではあったが、肝心の黒ローブ本人も、決定的な証拠も見当たらない。
「どういうことだ。もっと早くに動いてたってことか?」
ガロンが苛立たしげに壁を蹴った。
「――待って」
ミュゼが、作業台の隅に残された跡に目を留めた。
床に、何かを引きずったような溝が伸びている。その先には、大きな箱状のものが置かれていたと分かる、埃の輪郭だけが残されていた。
「これ……何かを運び出した跡、ですよね」
「相当な大きさだ」セレスは、その輪郭をなぞるように見つめた。「実験体の材料か、それとも別の何かか」
答えの出ない問いだけが、空っぽの倉庫に残された。
「――さっきの実験体、気になることがあります」
ミュゼが、崩れ落ちた個体の残骸を見下ろしながら、声を落とした。
「一体ずつ勝手に暴れてたんじゃなくて、まるで、後ろで誰かが糸を引いてるみたいな動き方でした。数を減らすたびに、残りが合わせて動きを変えてきた気がして」
「――誰かが、指示を出してた、ってことか」
「確証はないですけど」
ミュゼの声には、珍しく明確な怯えが滲んでいた。
セレスは、崩れた実験体の残骸に目をやった。灼熱狼のような単純な魔物とは、明らかに何かが違う。
「――手遅れだったってことだな、要するに」
ガロンが、苦い顔で吐き捨てた。
セレスは、埃の輪郭から目を離せなかった。何が、どこへ運ばれたのか。誰が、あの実験体たちを操っていたのか。答えの糸口は、この空っぽの倉庫のどこにも残されていなかった。
倉庫を出ると、王都の空にはまだ星が瞬いていた。だが、頭上の静けさとは裏腹に、この街のどこかで、まだ何かが動いている――その予感だけが、セレスの中に重く沈んでいた。
第八十三話「もぬけの倉庫」をお読みいただき、ありがとうございます。
セレスの成長ぶりを無双シーンで描きつつ、証拠には届かない、という後味の悪さを残す回にしました。何が運び出されたのか、次話以降で少しずつ見えてくると思います。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価でも応援してもらえると嬉しいです!




