第八十二話 見えぬ糸
レイフィアの本気、見せてもらいます。
辺境依頼が制限された分、王都内の治安維持依頼が増えている。ギルドの掲示板を眺めながら、セレスは小さくため息をついた。
「護送妨害の警戒、か」
「悪くない依頼だろ」ガロンが、依頼票を覗き込んだ。「街中なら、変な化物に襲われる心配も少ない」
「油断すんな。街中だからって安全とは限らない」
依頼は、税収馬車の護送に紛れて襲撃を仕掛けようとする強盗団の動きを警戒するというものだった。レイフィアとイリスも、別件の護送依頼で近くにいるらしく、合流することになっている。
昼過ぎ、指定された大通りの一角。人混みに紛れて、緊張した空気が漂い始めた。
「――来たな」
ガロンが低く呟いた瞬間、馬車の周囲を固めていた武装集団が、一斉に動き出した。
「馬車を止めろ!中の荷、いただくぞ!」
その怒声とともに、路地の陰から次々と男たちが飛び出してきた。護衛だけでなく、周囲の人混みからも紛れていた仲間が加勢し、瞬く間に数が膨れ上がる。
「――思ったより、統率されてる!」
セレスは剣を振るいながら、舌打ちした。二人、三人と斬り伏せても、絶えず新手が湧いてくる。ガロンとミュゼも、背中合わせで防戦する形になっていた。
「数だけじゃない、動きに無駄がない……!」ミュゼが、回復魔法を飛ばしながら叫ぶ。「素人の寄せ集めじゃないです!」
このままでは、馬車まで押し込まれる。セレスが奥歯を噛んだ、その時。
「――こっちは任せて」
人混みの向こうから、涼やかな声が響いた。
レイフィアだった。抜き放った細剣が、陽光を弾いて赤く光る。
「あんたたち、数だけは揃えてきたみたいだけど」
レイフィアは、静かに一歩を踏み出した。
次の瞬間、その姿が消えた。
「――は?」
強盗団の一人が呆けた声を上げた時には、既に彼の得物が真っ二つに断たれ、地に落ちていた。
「な、なんだ、こいつ――」
言い終わる前に、二人目、三人目が、次々と崩れ落ちていく。急所は避け、しかし確実に戦意を刈り取る一撃。無駄な動きが一つもない。
「――速い」
セレスは、思わず動きを止めて見入ってしまった。イリスとの模擬戦とはまた違う、鋭さと精密さに特化した剣。剣を交えるまでもなく、間合いに入った瞬間に決着がついている。
「見惚れてないで、こっちも片付けるぞ!」
ガロンの声に、セレスは我に返り、目の前の敵に向き直った。
数分後、強盗団は残らず取り押さえられていた。武器を失い、地に伏す男たちの姿だけが、レイフィアの実力を物語っていた。
「――終わり、かしら」
レイフィアが、剣を鞘に収めながら振り返る。その頃には、いつもの落ち着いた表情に戻っていた。
「今の、化物か何かか?」ガロンが、興奮気味に言う。
「レイフィアさん、こんなに強かったんですね……!」ミュゼも、目を輝かせていた。
その称賛の視線に、レイフィアの耳が、みるみる赤く染まっていく。
「べ、別に、大した数じゃなかったから」
早口になった声に、セレスは思わず口元を緩めた。褒められると、いつもこうだ。
「う、うるさいわね!」
レイフィアは、そっぽを向きながらも、まんざらでもなさそうだった。
「――なあ」
セレスは、改めて彼女に向き直った。
「その剣、独学だって聞いたけど、どうやってそこまで鍛えたんだ」
レイフィアは、少し表情を引き締めた。
「必要だったから。重い武器より、一瞬を逃さない細剣の方が、自分には合ってた。それだけよ」
その言葉の奥に、多くを語らない過去があることを、セレスは感じ取った。今は、それ以上は踏み込まなかった。
「銀ランクの中でも、間違いなく上位の実力ね」
少し離れた場所から、様子を見ていたイリスが歩み寄ってきた。
「あんたに言われたくないわ」
「褒めてるのよ」
二人のやり取りに、セレスは小さく笑った。
その時、取り押さえた強盗団の一人を尋問していたギルド職員が、険しい顔でこちらへ駆けてきた。
「――厄介なことになりました。こいつら、雇い主がいるようです」
「雇い主?」
「口を割らせたところ、報酬の一部を前払いしたのは、黒いローブの人物だったと」
その一言に、セレスの背筋が冷えた。
「黒ローブ……また、か」
レイフィアとイリスの表情も、一瞬で引き締まる。
「街の治安維持依頼にまで、あいつらの影が及んでるってこと?」レイフィアが、低く呟いた。
「分からない。だが、無関係とは思えないな」
セレスは、遠くに見える王都の空を見上げた。
目指すべき強さの高さと、静かに広がり続ける不穏の気配。どちらにも、まだ終わりは見えていなかった。
第八十二話「見えぬ糸」をお読みいただき、ありがとうございます。
レイフィアの本気の実力、ついにお見せできました。イリスに続いて、パーティーの奥深さがまた一つ見えてきたと思います。
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