第八話 才能なしと言われた日
大きい敵には、大きい武器。
……と言いたいところですが、現実はそんなに都合よくありません。
今回は、セレスたち全員の連携が試されます。
銅ランクになってから数日、パーティーの依頼はこれまで以上に忙しくなっていた。
「今日は町の北にある湖で、水棲魔物の調査依頼だ。銅ランク帯の依頼だが、油断はするなよ」
ガロンが依頼書を広げながら言う。ミュゼが元気よく手を挙げた。
「了解です! ……あ、そういえば、あの湖、私の故郷の近くなんですよね」
「そうなのか?」
「はい。子供の頃、湖の近くの村に住んでたんです」
道中、湖へと向かいながら、ミュゼは珍しく静かな声でぽつぽつと語り始めた。
「私、小さい頃から魔法が好きで。村の子供たちの中でも、一番頑張って練習してたと思うんです。でも――」
「鑑定で、才能なしって言われた?」
セレスが先回りするように尋ねると、ミュゼは少し驚いた顔をして、それから小さく頷いた。
「はい。適性はあるけど、伸びしろはほとんどないって。村の魔法使いのおじいさんに言われて……その日、家に帰って、めちゃくちゃ泣きました」
「それで?」
「それでも、諦めたくなくて。誰よりも練習して、誰よりも失敗して……気づいたら、村で一番、回復魔法が上手くなってました」
ミュゼは笑いながらそう言ったが、その笑顔には、誇らしさと同時に、過去の悔しさの名残のようなものが滲んでいた。
「才能なんて、後からいくらでもひっくり返せるものだって、私、信じてるんです。だから――」
彼女は少し照れくさそうに、セレスの方を見た。
「セレスさんが無色って言われても、全然気にしてないの。理由、分かってもらえました?」
「……なるほどね」
セレスは軽く頷いた。飄々とした調子は崩さないものの、内心では、思っていたよりもずっとミュゼという少女の芯の強さに感心していた。
「悪くない話だ」
「でしょう!」
嬉しそうに笑うミュゼの隣で、イリスがぽつりと呟いた。
「――才能なんて、後からひっくり返せる、か」
その声には、どこか自分に言い聞かせるような響きがあった。
セレスがちらりと視線を向けると、イリスはすぐに表情を消し、何でもないというように前を向いた。
(イリスにも、何かあるんだろうな)
深くは聞かなかった。聞くべき時が来れば、向こうから話すだろう。今はまだ、そのタイミングではない気がした。
*
「――というわけで、せっかく湖まで来たんですから、ちょっとだけ休憩しません?」
湖畔に到着するなり、ミュゼがそんなことを言い出した。
「休憩って、調査依頼中だぞ」
「魔物の気配、今のところ全然ないですし! それに、水質調査って、実際に水に触れてみないと分からないこともあると思うんです!」
「その理屈は苦しくないか」
ガロンが呆れた顔をする一方で、ミュゼはすでに背負っていた荷物から、色とりどりの布を取り出していた。
「実は、こんなこともあろうかと、水着を持ってきたんです!」
「用意周到すぎる」
セレスが半眼で突っ込む横で、ミュゼは目を輝かせながらセレスの腕を引っ張った。
「セレスさんの分も持ってきましたよ! さあさあ、着替えましょう!」
「いや、俺は別に」
「元・男の人でも、今は女の子なんですから関係ないです! ほら、行きますよ!」
問答無用で引きずられていくセレスを、イリスがどこか面白そうに眺めていた。
「あんたも懲りないわね、ミュゼ」
「イリスさんも一緒に着替えましょう! ずっと気を張ってるより、たまにはリフレッシュも必要です!」
「私は別に――」
「善は急げです!」
*
しばらくして、湖畔に戻ってきた三人の少女たちを見て、ガロンは思わず視線を泳がせた。
「お、おう……なんつうか、その」
「なんですか、その反応」
ミュゼは薄い水色の水着に身を包み、元気よく水際で足踏みをしていた。動くたびに、明るい茶色のツインテールが揺れる。
「変ですか?」
「いや、似合ってるけど……にしても、準備がよすぎるだろ」
「そのくらい気合を入れないと、セレスさんたち、なかなか休んでくれないので!」
イリスは深い紺色の落ち着いた水着姿で、腕を組みながら、どこか居心地悪そうに視線を逸らしていた。
「……見ないでよ、ガロン」
「べ、別に見てねえよ」
「見てたじゃない、今」
「見てねえ!」
言い合う二人を横目に、セレスは少し離れた場所で、渡された水着を眺めながら小さくため息をついていた。
白を基調とした、シンプルなデザインの水着。着てみると、思っていたよりも違和感はなかった。もう慣れたと言えば、それまでなのかもしれない。
「……まあ、悪くはないか」
鏡代わりの水面に映る自分の姿を見下ろし、セレスはぽつりと呟く。銀色の髪が水辺の光を反射して、いつもよりも鮮やかに輝いて見えた。
「セレスさん、すっごく似合ってます! さすが元・――」
「その先は言わなくていい」
「はーい」
ミュゼが笑いながら、そのまま湖に向かって走り出す。
「冷たそう……えいっ!」
水しぶきが上がり、明るい悲鳴とも歓声ともつかない声が響いた。
「あ、待て。そっち、深くなって――」
ガロンが慌てて声をかけるが、時すでに遅く、ミュゼは盛大に水を浴びて全身をびしょ濡れにしていた。
「つ、冷たっ!」
「だから言ったのに」
イリスが呆れながらも、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
それを見たセレスは、ふと悪戯心が芽生えるのを感じた。
「――イリス、後ろ」
「え?」
振り返った瞬間、セレスの手から水しぶきが飛んだ。イリスの顔面に、見事に命中する。
「――っ、ちょっと!」
「悪い、手が滑った」
「絶対滑ってないでしょう、それ!」
怒った顔のイリスが、湖の水をすくってセレスに投げつける。
それを皮切りに、四人はしばしの間、水を掛け合っては笑い合う、他愛のない時間を過ごした。
太陽の光を弾く水しぶき。笑い声。時折混じるガロンの情けない悲鳴。
前世では味わったことのない、こんな何でもない時間の心地よさを、セレスは静かに噛み締めていた。
(悪くない。こういうのも)
――だが、その穏やかな時間は長くは続かなかった。
湖の沖合で、水面が不自然に波立っているのが見えた。
「あれか」
ガロンの視線の先、水面から巨大な触手のようなものが幾本も突き出している。
依頼書に記載されていた「水棲魔物」――想定より、明らかに大きい。
「聞いてた話と違うな」
「調査依頼だったのに、いきなり本体と遭遇するとか、運がないわね」
イリスが剣を抜きながら苦笑する。
「逃げますか?」
「いや。ここで見過ごしたら、村の方に被害が出るかもしれない」
ガロンの言葉に、ミュゼの表情が引き締まった。
故郷の近くだと言われて、迷う理由はもうなかった。
「――やろう」
セレスがそう言うと、四人はほぼ同時に頷いた。
水際に立つセレスの手首で、紋様が静かに熱を帯び始める。
「じゃあ、始めるか」
湖面が、大きく揺れた。
あとがき
第八話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、ミュゼの過去に少し触れる回でした。
「才能なし」と言われても諦めず、努力を重ねてきた彼女の芯の強さが、セレスの「無色」という境遇とも静かに重なる回になっていれば嬉しいです。
そして、イリスの意味深な呟きも……。
彼女が抱えている過去についても、これから少しずつ描いていきます。
次話は、湖から現れた想定外の巨大魔物とのバトル回です。
ミュゼの故郷を守るため、四人の連携がどう決着をつけるのか。ぜひ見届けてください!
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