第七十五話 昇格試験の日、決まる
黒ローブの巡回が急増しているという報告を受けて、パーティーが動き出す回です。
「三倍、か」
セレスは、アルトが広げた資料をぱらりとめくった。
「偶然にしちゃ、数字が露骨すぎるな」
「備えてる、って言ったろ。何にだよ」
ガロンが、太い腕を組んで低く唸った。
「それが分からないから、厄介なんだ」
イリスが、資料の端を指でなぞる。
「ギルドの方でも、何か動きがあるんじゃない? 大きな依頼とか、警備の要請とか」
「調べてみる価値はあるな」
セレスが立ち上がりかけたところで、宿の扉が開いた。顔を出したのは、見覚えのあるギルドの受付嬢だった。
「セレスさん、皆さん、揃っていてよかったです。急ぎのお知らせがあって」
差し出された封筒を、セレスが受け取る。
「銀ランク昇格試験の、正式な日程です。三日後、中央広場にて」
「三日後……」
イリスの眉が、わずかに寄った。
「中央広場って、一番人が集まるところよね」
「祭りの日並みに人出があるって聞いたことあります」
ミュゼが、思わずといった様子で口を挟む。
「それだけの人が集まる日に、黒ローブの数が三倍になってる、か」
セレスが、封筒を握りしめた。
「まさか、狙いはこっちじゃなくて」
「試験そのもの、ってことか」
ガロンの声から、いつもの軽さが消えた。
「決まったわけじゃない。だが、可能性としては十分ある」
アルトが、資料を整理し直しながら短く頷く。
「なら、警備を増やすようギルドに掛け合うべきだ」
「もう提案は出してる。ただ、確証がないと動きにくいらしい」
「確証、ねえ」
受付嬢が帰った後、部屋には重い空気が残った。窓際で洗濯物を畳んでいたノアが、手を止めてこちらを見た。
「……危ない日?」
「かもな。だから、お前は当日、無理に出歩くな」
セレスの言葉に、ノアは瞬きを一つ返しただけだった。
「腹が減っては、な」
ガロンが、そう言って台所へ向かった。しばらくして、香ばしい匂いが宿中に広がる。
「わあ、今日は何ですか!」
「煮込みだ。味見は、あと五分」
「早い者勝ちですよ、五分!」
その声を背に、レイフィアが、リンの隣に椅子を寄せた。
「あなたも、当日は宿から出ないように。……別に、心配してるわけじゃないけど」
「……うん。ありがとう」
素直な礼に、レイフィアは何も言えず、早口で「気にしないでいいから」とだけ返す。ノアが、リンの前に湯気の立つカップをそっと置いた。
「……冷める前に」
夕食の席で、セレスは全員の顔を見回した。
「試験は、予定通り受ける。逃げる理由はない」
「賛成」「もちろん」「異論なし」
短い返事が、次々と重なった。
「ただし、警戒は最大限にする。何か起きたら、迷わず試験より仲間の安全を優先しろ」
「了解」
食事は、思いのほか静かに進んだ。ふと窓の外へ目をやったイリスの手が、不意に止まる。
「……今、誰か」
外套を目深に被った人影が、通りの向こうで一瞬立ち止まり、宿の窓を見上げた――ように見えた。次の瞬間には、雑踏に紛れて消えている。
「気のせいか?」
「気のせいなら、それでいい」
イリスは、剣の柄に触れたまま、しばらく窓辺から離れなかった。
テーブルの端に置かれたままの封筒が、灯りの下で白く浮かんでいた。
第七十五話「昇格試験の日、決まる」をお読みいただき、ありがとうございます。
三日後に迫った銀ランク昇格試験と、増え続ける黒ローブの影。次話、いよいよ試験当日に近づいていきます。
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