第七十三話 困った視線
銀ランク試験の正式な登録手続き回です。
今日はノアも一緒です。
「登録は、午前中に済ませておいた方がいい」
朝食の席で、アルトがそう切り出した。銀ランク試験の推薦組として、正式な受験登録の期日が迫っているらしい。
「アルトが世話焼くの、珍しいね」
「世話じゃない。手続きが遅れると面倒だってだけだ」
「照れてる?」
「照れてねえよ」
いつものやり取りに、朝の食卓が軽く沸いた。ガロンは市場、イリスは武具屋、レイフィアは依頼の確認とそれぞれ用事があるらしく、登録に付き合うのはミュゼとリンになった。
「私も、行っていい?」
控えめに手を挙げたのは、ノアだった。
「珍しいな」
セレスの言葉に、ノアは小さく頷いた。
「たまには、外の空気も吸いたい。それに――リンが、少し心配」
短い一言だったが、ノアらしい気遣いが滲んでいた。リンが、驚いたようにノアを見る。
「私は、大丈夫」
「知ってる。それでも、行きたい」
理由になっていないような、なっているような答えだった。誰もそれ以上は追及しなかった。
ギルド附属の受付窓口は、思った以上に混み合っていた。
「アルト・ヴァレインだな。書類はこちらに」
受付の職員に呼ばれ、アルトが先に手続きを済ませる。順番待ちの間、簡易的な基礎適性検査があるらしく、列の先では、重い鉄の錘を持ち上げて秒数を計る係員の姿が見えた。
「無色の方も、一応やっていただけますか。形式的なものですが」
気まずそうに言われ、セレスは肩をすくめる代わりに、無言で錘に手をかけた。
見た目に反して、ずしりとした重みが腕に伝わった。
セレスは表情を変えず、そのまま一息に持ち上げた。
「……はい、規定時間クリアです。あの、結構余裕そうでしたが」
係員が、数字を見て軽く目を見張る。
「そう見えたか? ならよかった」
素っ気なく答え、セレスは列の後ろへ戻った。近くにいた別の受験者たちが、ひそひそと言葉を交わしている。
「今の、無色だよな。なのに全然平気そうだったぞ」
「見た目で判断すんな、ってことか……」
そんな声を背に受けながら、セレスの番になった。隣に並んでいた一人の青年が、不意に声をかけてきた。
「あの、失礼。もしかして君も推薦組?」
濃紺の髪をきっちり整えた、育ちの良さそうな青年だった。名札には「クロード」とある。
「ああ、そう」
「へえ。名前、聞いても?」
「セレス」
「セレスさん。……いい名前だ」
やけに真剣な目でそう言われ、セレスは思わず口をつぐんだ。
「良かったら、試験まで情報交換でも――」
「セレスは今、手続き中なんで」
割って入ったのは、ミュゼだった。にこやかな笑顔の圧が、いつもより強い。
「あ、ああ、それは失礼」
クロードは軽く頭を下げ、少し名残惜しそうにしながら列の奥へ戻っていった。
「……何だ、今の」
セレスが呟くと、リンが不思議そうに首を傾げた。
「知らないの?」
「何をだ」
「あなた、口説かれてた」
「は?」
素で聞き返すセレスに、ミュゼが噴き出した。
「自覚なさすぎ。前々からちょいちょいあったでしょ、ああいうの」
「あった、か?」
「あったよ。あなたが全部塩対応で片付けてただけ」
言われてみれば、視線を感じたことは何度かあった気がする。だが、それが「そういう」意味だったとは、考えたこともなかった。
「……勘弁してくれ」
がっくりと肩を落とすセレスに、ノアがぽつりと言う。
「似合ってる、と思う。困ってる顔」
「褒めてないだろ、それ」
「褒めてる」
淡々とした口調だけに、余計にからかわれている気がした。
手続きを終えて外に出ると、アルトが年配の受付職員と、声を潜めて話し込んでいた。
「――噂じゃ、北の外れに、まだ隠れ家があるらしいですよ」
「確証は?」
「ないです。ただ、黒ローブらしき影を見たって話が、また出てきてて」
アルトが一行に気づき、話を切り上げる。
「聞いたか、今の」
「一部だけ」
セレスの答えに、アルトは声を落とした。
「奴らの拠点は、あれで終わりじゃないかもしれない。……根拠のない噂だが、根拠のない噂ばかり、妙に的中してきた」
その言葉に、リンの表情がわずかに硬くなった。手首に、無意識に触れる。
「大丈夫か」
「……分からない。でも、何も感じない。今のところは」
不安そうな声だったが、逃げてはいなかった。
「気にしすぎるな。今日のところは、手続きが終わっただけで十分だ」
セレスの言葉に、リンは小さく息を吐いた。
「そう、だね」
帰り道、ミュゼがからかうように肘で小突いてくる。
「さっきの人、結構真剣だったよ」
「勘弁してくれ」
「モテるのも、無双の一種ってことで」
「無双って言葉、そんな使い方あるか」
軽口を叩き合いながら、一行は宿への道を歩いた。ノアがふと、隣のリンに視線を向ける。
「楽しかった?」
「……うん。少し」
短い答えだったが、その声には、はっきりとした実感があった。
根拠のない噂が妙に的中してきたというアルトの言葉だけが、頭から離れなかった。
第七十三話「困った視線」をお読みいただき、ありがとうございます。
見た目は美少女なのに、中身は無自覚な男。セレスにとってはとんだ災難な回でした。銀ランク試験の登録も無事終わり、次はいよいよ試験本番に向けて動き出します。
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