第七十二話 測定不能、また
銀ランク試験の下見回です。分かりやすく無双します。
===== エピソードタイトル =====
「お前も来い」
アルトが、朝一番でそう言ってきた時、セレスは正直、面食らった。
「試験の下見だ。会場を見ておくのは、悪いことじゃないだろう」
ぶっきらぼうな誘い方だったが、断る理由もなかった。ミュゼが目を輝かせる。
「アルトが自分から誘うなんて、珍しい!」
「うるさい。当たり前のことをしてるだけだ」
「照れてる?」
「照れてねえよ!」
いつものやり取りに、朝の食卓が少し賑やかになった。ガロンは今日も市場へ、イリスとレイフィアは受けていた依頼の納品に出るらしい。ノアは宿に残り、留守を預かることになった。
「私も、行っていい?」
リンが、控えめに手を挙げた。以前なら考えられなかった申し出に、セレスは少しだけ驚いた。
「見てるだけで、いい。少しずつ、外に慣れておきたいから」
「構わない」
短いやり取りだったが、リンの表情に、確かな意志が見えた。
試験会場は、ギルド付属の闘技場だった。まだ本番ではないが、推薦組の実力を見極めるための、非公式な評価会が開かれているらしい。観覧席には、他の受験希望者や、値踏みするような目つきの試験官たちが並んでいた。
「無色、だったか。話には聞いていたが」
初老の試験官が、セレスを見て、あからさまに眉をひそめた。手元の書類をぱらぱらとめくる。
「鑑定で測定不能。数値も出ない、実績も薄い。これで銀ランクの推薦とは、正直、疑問だな」
隣で、アルトが何か言い返そうとするのを、セレスは手で制した。
「疑うのは、構いません」
「威勢だけはいいな。だが評価会は、数字が全てだ。的当てでも、模擬戦でも、好きな方を選べ」
「模擬戦で」
セレスは即答した。
「相手は、私が務めよう」
進み出たのは、試験官の一人――かつて金ランクだったという、恰幅の良い男だった。周囲がざわつく。
「おいおい、本気か」
「無色相手に、元金ランクをぶつけるのか」
観客席の声には、隠しきれない嘲りが混じっていた。中には、宿で顔を合わせたことのある冒険者の姿もあった。
「セレス、無理はするな」
アルトが、小さく声をかける。
「無理じゃない」
セレスは、剣を抜きながら短く答えた。
開始の合図と同時に、元金ランクの男が踏み込んだ。重い一撃。だが、セレスはそれを紙一重で躱すと、男の得意な間合いをそのまま奪い返した。
「――借りる」
呟きと同時に、白銀の紋様が淡く光る。目の前の相手の強さの質を読み取り、それを写し取る力。今回借りたのは、相手自身の膂力と、長年培われた重心の運び方だった。
男が、驚いたように目を見開いた。
「な――」
言葉を発する間もなく、セレスの姿が沈む。男の得意な踏み込みを寸分違わずなぞり、その上をいく重心移動で、一足に懐へ入り込んでいた。
「馬鹿な、これは俺の――」
「知ってる。だから、借りた」
男が渾身の一撃を振るう。セレスはその軌道をわずかに逸らして受け流すと、返す動きで懐を突いた。二撃、三撃。男の剣は空を切るばかりで、当たる気配すらない。
「なんだ、あの動き……」
「元金ランクが、まるで子供扱いされてる……」
観客席のざわめきが、戸惑いから驚嘆へと変わっていく。
観客席の隅で、リンは息を詰めていた。
目の前で起きていることが、うまく飲み込めなかった。胸の奥が、じんと熱くなった。
次の瞬間、セレスの一撃が、男の得物を弾き飛ばした。
「なっ……」
「……終わりです」
静まり返った闘技場に、セレスの声だけが響いた。
観客席が、しんと静まり返る。
「今の、何だ……」
「相手の力を、そのまま返したように見えたが」
ざわめきが、戸惑いへと変わっていく。試験官は、しばらく言葉を失っていたが、やがて絞り出すように言った。
「……測定不能というのは、こういうことか」
「数字にできないだけで、力が無いわけじゃない」
セレスは、剣を鞘に納めながら答えた。
「それを、証明したかっただけです」
観客席の隅で、疑いの目を向けていた冒険者の一人が、気まずそうに視線を逸らした。全員の評価が変わったわけではない。それでも、少なくともこの場にいた者たちは、もう「無色だから」で片付けられなくなっていた。
「……派手にやったな」
アルトが、呆れたような、それでいて少し誇らしげな顔で言う。
「お前が誘ったんだろう」
「まさか、ここまでやるとは思わなかった」
短いやり取りに、ミュゼが横から笑って割り込む。
「アルトも、次は自分の番だからね!」
「分かってる」
アルトは、闘技場の中央をまっすぐに見据えた。その目には、もう気後れは無かった。
帰り道、リンが小さく呟いた。
「……セレス、本当に強いんだね」
「今更か」
「今更だけど、実際に見ると違う」
言葉を選ぶように、リンは続けた。
「ずっと、強さって怖いものだと思ってた。私を縛ってたものも、強い力だったから」
「今は」
リンは、それには答えず、ただ小さく首を振った。それから、少しだけ笑った。
「私も、いつか」
そこで、リンは言葉を止めた。それでも、セレスには、続きが聞こえた気がした。
「いつか、そうなれるといい」
セレスは、それだけ答えた。焦らせるつもりも、期待を押し付けるつもりもない、ただの願いだった。
今日という日を境に、このパーティーの見え方は、少し変わったはずだった。
第七十二話「測定不能、また」をお読みいただき、ありがとうございます。
久しぶりに、分かりやすくセレスが無双する回になりました。銀ランク試験に向けて、アルトの出番も少しずつ増やしていきます。
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