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女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第五章 鎖の少女、選ぶ

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第七十話 私、知ってる

北区で火事――ただの火事ではなさそうです。

ノアは宿に残り、アルトはまだ合流していない。もともとこの日は、久しぶりに普通の依頼――北区の商店の荷運び――を受けに行く予定だった。


依頼主の店へ向かう道すがら、火の手が上がったという知らせが届いた。予定はそこで吹き飛んだ。


北区に着くと、既に人だかりができていた。


燃えているのは、小さな倉庫だった。炎自体は消火活動でどうにか抑えられつつあったが、周囲の空気には、焦げた匂いとは違う、鼻を突く異臭が混じっている。


「この匂い……」


リンが、口元を押さえた。


「知ってるのか」


セレスの問いに、リンは強く頷いた。


「廃坑と同じ。土と鉄と、薬品みたいな匂い」


イリスが、鋭く周囲を見回す。


「つまり、黒ローブ絡み」


「多分。しかも、こんな街中で」


ガロンが低く唸った。倉庫の関係者らしき男が、衛兵に何かを訴えている声が聞こえてくる。


「うちの荷物じゃない! 誰かが勝手に運び込んで――」


「持ち主不明の荷物が、爆発的に燃えた、ということね」


レイフィアが、状況を整理するように言った。


その時、野次馬の一角で、怒声が上がった。


「おい、退けよ! 見世物じゃねえんだぞ!」


柄の悪い数人組が、消火を手伝おうとしていた住民を突き飛ばしていた。火事場泥棒だろう、倉庫の様子を窺いながら、じりじりと近づいている。


「関係ない奴は口出すな!」


一人が、たまたま近くにいた老人の胸ぐらを掴んだ。


「――やめろ」


低い声で、ガロンが割って入る。大剣を抜くまでもなく、その体格と気迫だけで、男の手が緩んだ。


「な、何だお前」


「見りゃ分かるだろう。冒険者だ。今は火事場を荒らしてる暇人の相手より、先にやることがある」


ガロンは男たちを一睨みすると、老人をそっと下がらせた。柄の悪い連中は、舌打ちしながらも人混みに紛れて消えていく。


「相変わらず、迫力あるわね」


イリスが小さく笑うと、ガロンは肩をすくめた。


「暴れる奴の相手も、慣れてる。だが今は――」


ガロンの視線が、倉庫の奥へ向いた。崩れかけた壁の隙間から、黒い光が漏れている。


「あれだ」


セレスが呟くと同時に、リンが前へ出た。


「私、行く」


「危ないぞ」


「知ってるから、行くの。あの光がどう動くか、多分、私にしか分からない」


迷いのない声だった。ミュゼが、ハッとした顔でリンを見る。


「一人じゃ行かせない。一緒に」


「私も行くわ」


イリスが続いた。


崩れた壁の隙間から、四人は倉庫の奥へ踏み込んだ。焦げた木材の合間に、小さな黒い結晶が転がっている。廃坑で見たものより、遥かに小さい――出張所のようなものなのだろう。


「触ると、また同じことになる?」


「多分。でも、今回は違う」


リンは、深呼吸すると、結晶の前にしゃがみ込んだ。


「これ、まだ全部が繋がってない。……壊すなら、今」


「本当に、大丈夫か」


「大丈夫。今の私は、一人じゃないから」


その言葉に、セレスは頷いた。剣を抜き、白銀の光をまとわせる。


結晶の奥で、何かが軋むような音がした。抵抗するように、黒い光が一段と強く脈打つ。


「今よ、リン!」


イリスの声に、リンが素早く結晶の継ぎ目を指差した。廃坑で見た構築物と同じ、脆く歪んだ一点だった。


「そこ! 繋がってる場所、そこだけ弱い!」


「分かった」


「やる」


一閃。指し示された一点へ、狙いを違えず刃が吸い込まれる。甲高い音を立てて結晶が砕け散った。黒い光が、行き場を失ったように霧散していく。


倉庫の外では、住民たちが消火を終え、安堵の声を上げていた。


「……皆さんのおかげで、これ以上燃え広がらずに済みました」


火消しを取りまとめていた男が、深々と頭を下げる。その視線が、ふと、リンで止まった。


「あんた、さっき奥に入っていったよな。何か知ってたのか?」


リンは、一瞬だけ言葉に詰まった。だが、逃げなかった。


「……少し、知ってました。だから、確かめに行きました」


正直な答えだった。男は、驚いたようにリンを見つめ、それからもう一度、深く頭を下げた。


「そうか。……助かった。ありがとうな」


短い言葉だったが、リンにとっては、初めて向けられる種類の感謝だった。


「あんな喋り方、初めてだったな」


帰り道、ミュゼが茶化すように言う。


「いつもの『少しだけ知ってる』みたいな遠慮した言い方じゃなくて、はっきり『知ってました』って言った」


「……そう、だった?」


「そうだよ。あなたにしては、珍しく堂々としてた」


リンは、しばらく黙って自分の手を見つめていた。


「怖くなかった、から。今回は」


「なんで?」


「隣に、みんながいたから」


素直な答えに、ミュゼは満足そうに頷いた。イリスも、小さく口の端を上げる。


「元々の依頼、明日にでも受け直しましょう。荷運びの方も、待ってくれてるだろうし」


「そうだな」


セレスが頷くと、レイフィアが小さく肩をすくめた。


「黒幕の相手ばかりしてると、たまにこういう当たり前のことを忘れそうになるわね。私たち、ただの冒険者でもあるのに」


夕暮れの北区を歩きながら、セレスはふと、崩れた倉庫の方を振り返った。小さな出張所一つが、こんな街中にまで仕込まれていた。だとすれば、他にも同じようなものが、王都のどこかに潜んでいるかもしれない。

第七十話「私、知ってる」をお読みいただき、ありがとうございます。


火事場泥棒の一幕を挟みつつ、リンが自分から動いて事態を収める回にしました。誰かに感謝される経験は、彼女にとってまだ始まったばかりです。


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