第六十七話 廃坑の地図と、迫る足音
アルトの報告を受けて、いよいよ動く回です。
翌朝、全員が食堂に集まると、アルトが手書きの地図を広げた。街道から外れた場所に、赤い印が一つ、つけられている。
「昨夜言った通りだ。廃坑、街道の野営跡から、さらに北へ進んだ場所」
疲れの残る声で、アルトは説明を続けた。
「昔、鉱山として使われてたが、資源が尽きて放棄された場所らしい。村人たちは、近づかないようにしてるそうだ」
「見つかったのは、まずくないか」
セレスの問いに、アルトは短く息を吐いた。
「まずいな、正直。だが、逆に言えば、向こうも今、警戒を強めてる最中だ。時間をかければかけるほど、拠点を移されるかもしれない」
「急ぐしかない、ってことね」
イリスが、地図を睨みながら言った。
「規模は」
「正確には分からない。だが、出入りする人数から見て、それなりの拠点になってるはずだ」
食堂の空気が、一段と張り詰めた。ガロンが、腕を組んで低く唸る。
「本拠地、ってわけじゃなさそうだな」
「多分な。もっと奥に、本命があるんだろう。ここは、中継地点だと思う」
「一人で、よくここまで調べたわね。しかも見つかってまで」
イリスの言葉に、アルトは少し照れたように視線を逸らした。
「見つかったのは、失敗だけどな。それでも……お前らに、少しは頼りにされたいと思ってた」
らしくない言い方に、ミュゼがすかさず茶化す。
「褒めた?」
「褒めてねえよ! いつもの調子だな、お前は」
食堂に、束の間の笑いが起きた。
リンが、じっと地図を見つめていた。その目には、これまでにない緊張が浮かんでいる。
「……その場所、知ってる」
小さな声だった。全員の視線が、一斉に集まった。
「知ってる、とは」
セレスの問いに、リンは、ゆっくりと頷いた。
「昔、一度だけ連れて行かれたことがある。詳しくは覚えてないけど……あの、独特の匂いは、覚えてる。土と、鉄と、何か薬品みたいな匂い」
「行けば、思い出すか」
「分からない。……でも、行ってみないと、分からないと思う」
その言葉には、覚悟が滲んでいた。
「無理はしなくていい」
セレスが言うと、リンは首を横に振った。
「無理はしてない。……知りたいの、自分のことを。ずっと分からないままでいるより、ずっといい」
ミュゼが、そっとリンの手を握った。
「一緒に行くよ。何があっても」
「私も」
イリスとレイフィアも、続けて頷く。ノアもまた、静かにリンの隣に立った。
ガロンだけが、少し違う角度から口を開いた。
「廃坑に踏み込むなら、準備がいる。松明、縄、応急の道具。今日一日で揃えられるものは揃えよう」
「それに」とアルトが付け加える。「相手の規模が分からない以上、慎重に動くべきだ。斥候を出して、まず様子を見るのが筋だと思う」
現実的な意見に、誰も異論はなかった。
「明日、出発する」
セレスの言葉に、全員が頷いた。
装備の確認を進めながら、ノアが静かにリンへ近づいた。
「怖かったら、隣にいる。いつでも」
「……ありがとう」
短いやり取りだったが、二人の間に流れる空気は、穏やかだった。
一方で、レイフィアは荷物の中に、予備の包帯を余分に詰め込んでいた。誰に言われたわけでもなく、自然と手が動いていた。
食堂に、決意を固めた沈黙が満ちていく。窓の外では、いつも通りの王都の朝が続いていた。
その夜、セレスは一人、宿の廊下でリンと顔を合わせた。
「本当に、大丈夫か」
「大丈夫。……怖いけど、逃げたくない」
リンは、まっすぐにセレスを見た。
「今までは、ただ流されるだけだった。でも、今は違う。知りたいと思う自分の意思で、行くの」
その言葉に、迷いはなかった。手首の紋様が、静かに、けれど確かに、熱を帯びていた。
「怖くなったら、いつでも言え。無理に強がる必要はない」
「……あなたも、意地っ張りよね。人のことは言えるくせに」
図星を突かれ、セレスは苦笑するしかなかった。
「お互い様、ってことにしておこう」
「うん。お互い様」
リンは、その響きを確かめるように、口の中で小さく繰り返した。廊下の窓から差し込む月明かりが、二人の影を静かに伸ばしていた。
部屋に戻る前、セレスは廊下の窓から、廃坑のある北の方角を見やった。
廃坑の奥に何が待っているのか、まだ誰にも分からない。それでも、進むと決めた以上、もう迷いはなかった。
第六十七話「廃坑の地図と、迫る足音」をお読みいただき、ありがとうございます。
いよいよ廃坑への調査行が決まりました。リンの覚悟が固まっていく様子を、感じていただけたら嬉しいです。次話、いよいよ動きます。
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