第六十六話 選んだ細剣
レイフィアの過去に、もう一歩踏み込む回です。
細剣の刃が、静かな金属音を立てる。リンに名前がついた翌日、宿には穏やかな空気が流れていた。
ノアとガロンは市場へ、アルトは朝早くから街道の調査に出ていた。
朝の片付けを終えたレイフィアが、一人で細剣の手入れをしているのを、リンが見つけた。
「その剣、ずっと大事にしてるよね」
「……まあ、そうね」
素っ気ない返事だったが、リンはそのまま隣に腰を下ろした。
「昔から、その剣なの」
「ううん。この剣を持ったのは、故郷を出てから」
レイフィアは、刃を光にかざしながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
「前に少し話したと思うけど、私の村は、偽紋様の暴走で壊れた。私は、間に合わなかった人が何人もいた」
窓の外を眺めながら、リンは黙って耳を傾けていた。
「あの日から、自分を許せなかった。もっと早く気づいていれば。もっと強ければって、何度も考えた」
「それで、剣を」
「最初は、大剣とか、重い武器を選ぼうとしたの。力があれば、次は守れるかもしれないって。でも、どれも私には合わなかった」
レイフィアは、細剣の柄をそっと握り直した。
「ある人に言われたの。『重い剣は、力のある者の剣だ。お前に必要なのは、一瞬を逃さない剣だ』って」
「一瞬を逃さない」
「偽紋様に蝕まれた人は、正気と、そうじゃない瞬間の境目がすごく短い。助けられるとしたら、その一瞬しかない。……だから、速さと精度を選んだ」
「それから、必死に鍛えた。誰よりも速く、誰よりも正確に。……気づいたら、銀ランクになってた」
「一人で?」
「一人で。誰かと組むと、また誰かを守れなかった時、その人のことも背負うことになる気がして。……怖かったの、正直」
「今は」
リンの問いに、レイフィアはしばらく黙っていた。
「今は、違う。ガロンは、いつも公平に飯を分ける。ミュゼは、誰かが辛そうにしてると、真っ先に気づく。イリスは、口数少ないけど、ちゃんと背中を任せてくれる。……セレスは、私の過去を知っても、一度も憐れむような目をしなかった」
レイフィアは、誤魔化すような早口になった。
「気づいたら、素直になれてた。でも、素直になるのが下手だから、いつもこんな言い方になる」
「ツンデレ、って言うんでしょ」
からかうようなリンの言葉に、レイフィアは頬を赤らめた。
「誰から聞いたのそれ」
「ミュゼが言ってた」
「あの子……」
呆れたようなため息をつきながらも、レイフィアの表情は柔らかかった。
「故郷でのことは、消えない。でも、この剣を握るたびに、思い出すの。あの日助けられなかった分、今度こそ、目の前の人を助けるって」
「その剣、誓いのためにあるの」
「そう。……あと、もう二度と、間に合わないなんて言わせないっていう、意地でもある」
素直な本音に、リンは小さく微笑んだ。
「レイフィアも、意地っ張りだね」
「あなたに言われたくないわ」
窓の外、朝の光が細剣の刃を白く照らしている。
それを少し離れた場所から、セレスは黙って眺めていた。
昼過ぎ、市場から戻ったガロンとノアが、宿の食堂に大量の食材を運び込んできた。
「今日は、ちょっとした祝いの続きだ」
「また食べるの?」
呆れたように言うレイフィアに、ガロンはにやりと笑う。
「昨日は名前の祝い、今日は皆で話を聞けた祝いだ。理由なんて、後からいくらでもつく」
レイフィアは何も言い返せず、小さく笑うしかなかった。ノアもまた、静かにその輪に加わった。
「レイフィア、その剣、見せてもらってもいい?」
リンが、そう声をかけた。
「……いいけど、丁寧に扱ってよ」
差し出された細剣を、リンは両手でそっと受け取る。刃に映る自分の顔を、じっと見つめた。
「綺麗な剣」
「誓いの証だから」
「私も、いつか、そういうものが持てるかな」
「持てるわよ、きっと」
リンは、剣をそっと返しながら、小さく微笑んだ。
夜も更けた頃、宿の扉が勢いよく開いた。
「――アルト?」
息を切らせて立っていたのは、アルトだった。外套は乱れ、頬に薄く擦り傷がある。いつもの落ち着きが、今夜はどこにもなかった。
「悪い、追われた」
「追われた?」
セレスが立ち上がる。食堂の空気が、一瞬で張り詰めた。
「聞き込みしてた場所の近くで、黒いローブの奴に見つかった。……向こうも、こっちに気づいた顔をしてた」
アルトは荒い息のまま、地図を取り出した。
「北の街道、廃坑の跡地。あそこに、拠点がある」
「本当か」
「確証はある。だが、見つかった以上、悠長にはしてられない。向こうも、こっちの動きを警戒し始めるはずだ」
食堂に、緊張が満ちた。
「明日、詳しく話す。今夜は、休め」
セレスの言葉に、アルトは短く頷いた。だが、誰の顔にも、もう安穏とした空気は残っていなかった。
第六十六話「選んだ細剣」をお読みいただき、ありがとうございます。
レイフィアが、なぜ細剣を選び、なぜ一人で銀ランクまで駆け上がったのか――その理由を描きました。彼女の強さの裏にある、静かな誓いを感じていただけたら嬉しいです。
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