第六話 無色の一撃
戦いの最中でも、人は意外といろいろ考えます。
怖いこと、守りたいこと、そして――自分に何ができるのか。
セレスたちの距離が、少しだけ変わる回です。
===== エピソードタイトル =====
第六話 無色の一撃
===== 前書き =====
「――行くわよ」
イリスの姿が、視界からかき消えた。
「速――」
驚く暇もなく、目の前に彼女の剣先が迫っていた。金ランクの実力とは、これほどのものか。セレスは反射的に体を捻り、紙一重でそれをかわす。
「へえ」
イリスの声に、わずかな驚きが混じった。避けられるとは思っていなかったのだろう。だが、その驚きはすぐに戦意へと塗り替えられる。
「面白い。もう一撃」
二撃目、三撃目と、剣が矢継ぎ早に繰り出される。
セレスは体に染みついた「何か」に従い、最小限の動きでそれを捌いていった。だが、防戦一方にしかならない。イリスの太刀筋は速く、重く、しかも無駄がなかった。
(このままじゃ、押し切られる)
冷静に状況を分析しながら、セレスは手首の紋様に意識を向けた。熱は、すでに十分すぎるほど高まっている。
「借りるよ、少し」
呟いた瞬間、視界の端に文字が浮かんだ。
【対象:イリス 特性を検出――部分継承を実行】
次の瞬間、セレスの太刀筋そのものが変わった。
今までの受け身一辺倒の動きから一転、イリスの剣の速度に食らいつくような、鋭い踏み込み。
「な――!」
イリスの目が、初めて大きく見開かれた。
自分と同じ速度の剣が、目の前から返ってくる。それも、明らかに未経験のはずの相手から。
二人の剣が、幾度となく交錯した。木々の間に、金属の擦れる音が絶え間なく響き渡る。
ガロンとミュゼは、固唾を呑んでその攻防を見守っていた。
「あの子、イリスさんの動きに合わせて……」
「ああ。多分、あれが噂の力だ」
鍔迫り合いの中、イリスがぐっと力を込める。
「その動き……私の剣を、真似てるの?」
「真似じゃない。借りてるだけ」
「屁理屈ね」
「事実だよ」
押し合いが均衡した、その一瞬。
セレスは力を抜き、あえて体勢を崩すふりをした。イリスがわずかに前のめりになる――その隙を、逃さなかった。
「――そこ」
体を沈め、イリスの脇をすり抜けながら、木剣代わりに持っていた棒――道中で拾った、ただの木の枝――を、彼女の首筋にぴたりと当てる。
時間が、止まったように感じられた。
「……参った、って言えばいい?」
セレスの問いに、イリスはしばらく無言だった。首筋に当てられた枝を、じっと見つめている。
「……はっ」
ふいに、乾いた笑い声が漏れた。
「……本当に、無色なの? あんた」
イリスは剣を鞘に収めながら、探るような目でセレスを見た。刺々しさは消えていないが、値踏みする視線の質は変わっていた。
「私の剣を真似た――いえ、借りたのよね。それも実戦の最中に、初見で」
「借りるにも、色々コツがいるんだよ。多分」
「多分、って」
「俺もよく分かってないんだ、この力」
あっさりと答えるセレスに、イリスは呆れたようにため息をついた。
「――さっき、努力もせずに調子に乗る人間が嫌いって言ったこと、撤回はしない」
「うん」
「今のは、まぐれとは思ってない。それだけは認める」
彼女はそう言うと、腕を組んだまま、油断なく距離を保った。
「決めつけて悪かった、とまでは言わないわ。でも――もう少し、あんたを見ておく理由ができた、とは思ってる」
「別に。好きにすれば」
「……無色扱い、されすぎでしょう。あんた」
「否定はしない」
二人のやり取りに、ようやく緊張の糸が切れたのか、ミュゼが駆け寄ってきた。
「わー、すごかったです! セレスさんもイリスさんも、二人ともかっこよかった!」
「他人事みたいに言うなよ、ミュゼ。俺は心臓が止まるかと思ったぞ」
ガロンが額の汗を拭いながら苦笑する。
イリスはそんな三人を眺めて、ふと呟いた。
「――ねえ。あんたたちのパーティー、今何人?」
「三人だけど」
「そう」
イリスはしばし考え込むような素振りを見せてから、意を決したように口を開いた。
「しばらく、その依頼に同行させてもらえない? あんたの力が本物か、もう少し見極めておきたいの」
「別にいいけど。ガロン、いい?」
「……もちろんだ。金ランクが加わってくれるなら、こっちとしても願ったり叶ったりだ」
ガロンが即答すると、イリスは小さく頷いた。
「決まりね。それじゃ、依頼の続きといきましょうか」
剣を収めたイリスが、先に立って歩き出す。
その背中を眺めながら、セレスは手首の紋様に軽く触れた。まだ、微かに熱を残していた。
(借り物の力、か)
剣術の心得も、この特殊な能力も、すべては女神の勘違いから始まったものだ。
それでも――こうして少しずつ、周囲の評価が変わっていくのは、悪くない感覚だった。
「――何ぼーっとしてるの。置いていくわよ」
「今行く」
軽口を返しながら、セレスは仲間たちの後を追った。
6話をお読みいただきありがとうございます!
イリスとの一戦、いかがだったでしょうか。「借り物の力」が対人戦でどう機能するのか、今回初めて描いてみました。イリスの「嫌い」発言の裏にある過去は、まだ伏せたままですが、少しずつ本編で触れていく予定です。
これで正式パーティーは4人体制に。ガロン、ミュゼ、イリス、それぞれ違うタイプの仲間が揃ってきたので、これからの掛け合いも楽しんでいただけると思います。
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