第五話 金ランクの視線
安全そうな場所ほど、だいたい安全ではありません。
セレスたちの最初の大きな戦いを、見守っていただけると嬉しいです。
「今日から正式に依頼だ。まずは足慣らしってことで、この辺りでどうだ」
翌朝、ギルドの一室に集まったセレスたちへ、ガロンは一枚の依頼書を広げた。町の南にある森で頻発している、中型魔物の間引き依頼だという。
「討伐対象は角兎の群れだ。無色――じゃなかった、セレスの実力なら余裕だろ」
「呼び方、迷ってる自覚あるんだ」
「うるせえ」
ガロンが照れ隠しのように咳払いをする横で、ミュゼが元気よく手を挙げた。
「準備完了です! 私、回復魔法は得意なので、お任せください!」
「頼りにしてる」
三人は装備を整えると、南の森へと向かった。
道中、ミュゼはひたすら喋り続けていた。町の噂話、最近流行りの食べ物、ガロンの意外な失敗談――話題が尽きることを知らないらしい。
「――あ、そうだ。セレスさんって、鑑定水晶であんな結果だったのに、剣術はめちゃくちゃ強いですよね。前世でめちゃくちゃ修行してたとか?」
「まあ、そんなようなもの」
半分事実で、半分嘘。それが正直なところだった。
前世で剣を握った記憶はない。だが、体に染みついた技を「修行の成果」と呼ぶのは、あながち間違いでもない気がした。
*
森に入って半刻ほど歩いた頃、前方から複数の足音と剣戟の響きが聞こえてきた。
「……何かやってるな」
木々の隙間から覗くと、そこには一人の女性がいた。
彼女は単身で、角兎の群れを相手取っている。整った顔立ちに、冷たい印象を漂わせる紫の瞳。一振りごとに、角兎の数が着実に減っていった。
「あれ、イリスさんですよ! 金ランクの!」
ミュゼが小声で教えてくれた。
「知り合い?」
「有名人です! すっごく強くて、でも結構、その……気難しい人で……」
言葉を選ぶように濁すミュゼの視線の先で、イリスと呼ばれた女性は最後の一体を斬り伏せた。
剣を鞘に収めながら、こちらを振り返る。
「――そこ。隠れてるつもりなら、向いてないわよ」
「バレてた」
セレスは特に悪びれる様子もなく、木々の間から姿を現した。ガロンとミュゼも、ばつが悪そうに後に続く。
「ガロン。それに……」
イリスの視線が、セレスへと向く。
値踏みするような、鋭い目だった。
「あんたが噂の無色ね」
「よく知ってるね」
「町中の話題よ。無色判定を受けた新人が、その日のうちにガロンを叩きのめしたって」
「叩きのめしたは言い過ぎだと思うけど」
「三本取ったのは事実でしょう」
イリスは腕を組み、セレスを頭からつま先まで眺めた。
「悪いけど、あんまり信じてないの。まぐれか、大袈裟な噂か。そのどちらかだと思ってる」
「別にいいけど」
あっさりと返すセレスに、イリスはわずかに眉をひそめた。
反発してくるならまだしも、まったく取り合わない態度が、逆に気に障ったらしい。
「――やってみる? 今、ここで」
「イ、イリスさん!? 今日はセレスさんたち、依頼中で……」
「構わない。ちょうど暇してた」
ミュゼの制止も聞かず、イリスは剣を抜いた。ガロンが慌てて割って入る。
「おいおい、いきなり物騒だぞ」
「大丈夫。木剣じゃなくても、手加減するくらいの分別はあるわ」
「あるなら、その剣を鞘に収めたら?」
セレスの軽口に、イリスの目つきがますます鋭くなった。
「言うわね。無色のくせに」
「無色は関係なくない?」
「関係あるわよ。私は、努力もせずに与えられたものだけで調子に乗る人間が、一番嫌いなの」
その言葉には、単なる皮肉以上の――どこか個人的な棘のようなものが滲んでいた。
理由は分からない。だがセレスは、彼女の中に何か引っかかるものがあるのだろうと、何となく察した。
「……まあ、いいよ。付き合う」
「セレスさん!?」
慌てるミュゼを横目に、セレスは軽く肩を回した。ガロンが額を押さえ、ため息をつく。
「勝手にしろ。ただし、怪我しても知らんぞ」
「それはこっちの台詞よ」
イリスが構えを取る。切っ先が、まっすぐセレスへと向けられた。
手首の紋様が、静かに熱を持ち始める。
「――行くわよ」
森の中に、剣戟の音が響き渡ろうとしていた。
5話をお読みいただきありがとうございます!
ついに金ランクのイリスが登場しました。冷たい態度の裏に何か理由がありそうな彼女ですが、その真相は今後じっくり描いていきます。次話は、セレス×イリスの戦闘シーンからスタート予定です!
ミュゼの賑やかさとイリスのクールさ、対照的な二人のヒロインをこれからも楽しんでいただけたら嬉しいです。
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