第四話 懐かれる無色
仲間が増えると、できることも増えます。
その代わり、食費と心配事もちゃんと増えるようです。
セレスたちの拠点生活、少しだけ賑やかになってきました。
ダンジョンから町へ戻ると、セレスは半ば強引にガロンのパーティーの拠点――ギルドの奥にある一室へと連れて行かれた。
「まずは礼を言わせてくれ。本当に、ありがとうございました」
「……様変わりが早すぎない?」
先ほどまで「無色は連れて行けねえ」と鼻で笑っていた男が、今は深々と頭を下げている。落差がありすぎて、セレスは思わず半眼になった。
「命の恩人には礼を尽くす。それだけの話だ」
「まあ、いいけど」
ガロンは顔を上げると、真剣な表情でセレスを見据えた。
「単刀直入に言う。うちのパーティーに入ってくれないか」
「無色だよ、俺」
「知ってる。だが、お前が使ったあの力……あれがあれば、うちのパーティーはもっと上を目指せる。俺の目に狂いはない」
力強く言い切るガロンに、セレスは軽くため息をついた。
飄々とした調子は崩さないものの、内心では――悪くない話だ、と思っていた。
無色のままでは、まともな依頼にすらありつけない。ならば、力を貸してくれる相手がいるのなら、それを利用しない手はない。
「まあ、いいよ。よろしく」
「本当か!」
ガロンの声が弾んだ、その時だった。
「――え、ガロンさん、新しいパーティーメンバーですか!?」
部屋の扉が勢いよく開き、小柄な少女が飛び込んできた。
明るい茶色のツインテールに、動きやすそうな軽装。年齢はセレスと同じくらいか、少し下だろうか。
「おお、ミュゼ。ちょうどいいところに」
「わー、初めまして! ミュゼって言います。よろしくお願いします!」
ミュゼと呼ばれた少女は、警戒心の欠片もない笑顔で、セレスにずいっと顔を近づけてきた。
距離が近い。近すぎる。
「えっと、お名前は?」
「セレス」
「セレスさん! かっこいい名前ですね! 見た目もすっごく綺麗で……あ、その髪、生まれつきなんですか? 銀色なんて素敵……あ、目の色も左右で違う! すごい! あ、肌もきれい。なんのお手入れしてるんですか?」
「……質問、多くない?」
「あっ、ごめんなさい。テンション上がっちゃって!」
まったく悪びれる様子もなく謝るミュゼに、セレスは思わず苦笑した。
前世で、こんな距離感で話しかけてくる相手はいなかった。人懐っこさが服を着て歩いているような少女だった。
「セレスさん、実はダンジョンでガロンさんを助けてくれたんだって」
「あー、そうなんですね! やっぱりすごい方だったんだ! 無色って聞いた時は、ちょっと心配だったんですけど……」
ミュゼは無邪気にそう言ってから、はっとした顔をした。
「あっ、ごめんなさい。失礼なこと言っちゃって……!」
「別に。事実だし」
「で、でも、私、無色だからって馬鹿にする人、あんまり好きじゃないんです。ランクとか、鑑定の数字とか、そういうのだけで人を決めつけるのって、なんか違うなって……」
ミュゼは少し目を伏せながら、そう続けた。
「私も昔、才能なしって言われたことがあって。だから、セレスさんの気持ち、ちょっとだけ分かる気がします」
思いがけない言葉に、セレスは一瞬だけ意外そうな顔をした。
飄々とした明るさの裏に、思ったよりも芯のある一面が見え隠れしていた。
「……ふうん」
「な、なんですか、その反応!」
「別に。ちょっと見直しただけ」
「見直したって、失礼な!」
むくれるミュゼに、ガロンが苦笑しながら割って入った。
「まあまあ。それでミュゼ、今日からセレスも仲間に加わることになった。よろしく頼む」
「はい! よろしくお願いします、セレスさん!」
差し出されたミュゼの手を、セレスは軽く握り返した。
前世ではあまり縁のなかった、こういう距離の詰め方にはまだ慣れない。だが――悪い気分ではなかった。
*
「よし。仲間になったなら、一応の実力は把握しておきたい。軽く手合わせしてもらえるか」
ガロンがそう切り出したのは、その直後のことだった。
訓練場代わりの中庭へ移動し、ガロンは木剣を放って寄越してくる。
「昨日の力だけじゃなく、素の実力も知っておきたくてな。無理にとは言わんが」
「別にいいけど」
セレスは差し出された木剣を、何の気なしに受け取った。
その瞬間、体が――正確には、体に染みついた「何か」が、勝手に動いた。
構えを取る。
半歩、重心を落とす。柄を握る手の角度、剣先の向き――どれも教わった記憶などないはずなのに、驚くほど自然に、体が「正しい形」を取っていた。
「……は?」
最初に固まったのは、セレス自身だった。
「な――」
ガロンも、木剣を構えたまま完全に硬直していた。
「おい、その構え……お前、剣術やってたのか?」
「いや。やってないけど」
「嘘つけ。今の、素人の構えじゃねえぞ」
「……」
セレスは自分の手元をまじまじと見つめた。
前世の記憶を思い返しても、剣を握った経験など一度もない。だが、体はまるで長年の相棒のように、木剣に馴染んでいる。
(そういえば……)
ふと、女神の気まずそうな顔が脳裏をよぎった。
『念入りに見過ぎてしまいまして』
あの時のよく分からない発言が、今になって妙な説得力を持って蘇ってくる。
「あー、なるほど。そういうことかもしれない」
「どういうことだ」
「多分、変なところで女神の勘違いが役に立った、ってだけの話」
「意味が分からん」
「俺にも分からん」
禅問答のようなやり取りに、ガロンは眉間の皺を深くした。
だが、それ以上追及するのは諦めたらしい。木剣を構え直し、仕切り直すように距離を取った。
「……とにかく、来い。手加減はしてやる」
「別にいらないけど」
軽口を叩きながら、セレスも木剣を構えた。
「行くぞ――!」
ガロンが先に仕掛けた。
大柄な体格からは想像もつかない初速で、木剣が唸りを上げながらセレスの肩口へと振り下ろされる。
並の新人なら、反応する間もなく吹き飛ばされていただろう。
だが、セレスの体は――というより、体に染みついた「何か」は、それを見てからでも十分に間に合うと判断していた。
(左に半歩。剣は下から受け流す)
考えるより先に、足が動いていた。
半歩踏み込み、ガロンの一撃を真正面から受けるのではなく、木剣の腹で斜めに逸らす。
重い衝撃に備えていたガロンの体勢が、逸らされた力の分だけわずかに泳いだ。
「なっ――」
その隙を、セレスは見逃さなかった。
逸らした剣をそのまま返し、崩れたガロンの脇腹めがけて木剣を滑り込ませる。
「――そこ」
乾いた音とともに、木剣の先端がガロンの脇腹を捉えた。
「ぐっ……!?」
一本。
ガロンは信じられないという顔で後ずさりしたが、すぐに体勢を立て直した。
「今のは……まぐれ、だろ」
「かもね」
答えながらも、セレスの中では確信に近いものが芽生え始めていた。
まぐれではない。
体が、明確に「知っている」動きだった。
二戦目、三戦目も、大筋は同じだった。
ガロンの繰り出す一撃を、セレスは最小限の動きで受け流し、体勢を崩したところへ確実に一本を返していく。
力比べでは到底敵わないはずなのに、間合いと呼吸の読み合いでは、なぜか一歩も譲らなかった。
結果として、その日のうちに三本すべてを取られたガロンは、額に汗を滲ませながら、しばらく言葉を失っていた。
「な、なんなんだ、お前は……」
「無色だけど?」
「それは分かってる! いや、分かってねえよ。もう何も分かんねえ!」
頭を抱えるガロンの隣で、見学していたミュゼが目をキラキラさせながら手を叩いていた。
「すごい、すごいです! セレスさん、やっぱり無色なんかじゃないですよ!」
「無色は無色だよ。水晶にはそう出るし」
「じゃあ水晶がおかしいんです、絶対!」
あまりに真っ直ぐな言葉に、セレスは思わず噴き出しそうになった。
数字や鑑定などお構いなしに、目の前の結果だけを信じるミュゼの姿勢は、いっそ清々しいとすら思えた。
*
その日の夕方、セレスがギルドの受付を通りかかると、先ほどの受付嬢が目を丸くしていた。
「セレスさん、聞きましたよ! ガロンさんのパーティーに加入されたとか。しかも手合わせで三戦三勝したって、もう町中の噂になってます」
「早いな、噂」
「無色判定を受けて、その日のうちにパーティー入りして、ガロンさんを打ち負かすなんて……前代未聞ですよ」
周囲の冒険者たちも、ちらちらとこちらに視線を向けている。
先ほどまでの憐れむような視線とは、明らかに質が違っていた。
(無色、無色、ね)
セレスは軽く肩をすくめると、そのままギルドを後にした。
数字で測れないものを、周りがどう評価し直していくのか――それを眺めるのも、案外悪くない娯楽かもしれない。
手首の紋様が、また微かに疼いていた。
(次は、どんな力を借りることになるんだろうな。それに――この体に染みついてる「何か」も、もう少し掘り下げた方がよさそうだ)
誰に言うでもなく呟いて、セレスは夕暮れの町を歩いていった。
4話をお読みいただきありがとうございます!
正式にパーティー入りしたセレスと、元気系ヒロインのミュゼが初登場しました。さらに、ガロンとの手合わせで判明した「なぜか馴染んでいる剣術の心得」……この違和感の正体は、物語の中盤で明かされていきます。
ミュゼはセレスの正体には気づいていませんが、実は彼女自身も過去に「才能なし」と言われた経験の持ち主。この二人の関係も、これから深掘りしていきたいと思います。
無色だったはずのセレスが、周囲の評価をどんどんひっくり返していく――そんな展開を引き続きお届けしていきます。次話もお楽しみに!
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