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女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第五章 鎖の少女、選ぶ

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第五十九話 プリンと、言えなかった続き

少女には、まだ名前がありません。

今日はミュゼが台所に立つ話です。

朝の食堂に、卵を焦がした甘い匂いが漂っていた。窓の外では、王都の朝が普段通りに始まっている。荷馬車の音、露天商の呼び込み、遠くで鳴る鐘の音――昨日の戦いが嘘のような、ありふれた朝だった。


「甘いものは、脳に効くの」


ミュゼがそう言い切ったとき、誰も本気にしていなかった。むしろ、寝ぼけた寝癖のまま力説する姿の方が、よほど注目を集めていた。


けれど五分後、本当に小さな器を四つ並べて戻ってきたので、全員が驚いた。エプロンには、白い粉がまだらに付いている。


「……プリン?」


「昨日の卵、余ってたから」


得意げな顔だった。器には、少し焦げた飴色の膜がかかっている。


「味は保証しない」


「保証しないんかい」


レイフィアが呆れた声を出すと、ミュゼは「食べてから言って」とだけ返した。


少女の前にも、同じ器が置かれる。


「……私も?」


「当たり前でしょ。数、四人分じゃなくて七人分作ったもの」


数え間違いだ、と誰かがつぶやきかけたが、口には出さなかった。


少女は、しばらく器を見つめていた。それから、恐る恐るスプーンを差し込む。


「……甘い」


「でしょ!」


ミュゼの声が、朝の食堂に弾んだ。


アルトは朝から銀ランク試験の下準備でギルドに出向いており、この場にはいない。


窓際で、ノアがその様子をじっと見ていた。


「……あの子、昨日あんまり眠れてなかったと思います」


短い声だった。


「なんで分かる」


「窓、ずっと開いてたので。夜の間」


ノアは、口数こそ少ないが、こういう気配には誰よりも敏感だった。自分自身が長く、誰にも気づかれない側で過ごしてきたからかもしれない。


セレスは、少女の方をちらりと見た。目の下に、うっすらとした影がある。昨夜、何度も寝返りを打った跡なのか、それとも一睡もしなかったのか、判断がつかなかった。


食事が一区切りついた頃、ミュゼが少女の隣に椅子を寄せた。


「ねえ。昨日、何か言いかけてたよね」


直球だった。周りが一瞬、息を止める。


「鈴の音がした後、いつも――って」


少女の手が止まった。


「聞いてたの」


「聞こえちゃったの。ごめん」


謝りながらも、ミュゼは引かなかった。


「言いたくないなら、それでもいいけど。でも、一人で抱えるのは違うと思う」


ミュゼの声には、いつもの軽さがなかった。素直さの裏にある、静かな頑固さのようなものが滲んでいた。誰かを傷つけまいとする優しさと、それでも踏み込む強さは、彼女の中で矛盾せずに同居している。


少女は、しばらく黙っていた。窓の外では、朝の光が石畳を白く照らしている。


「……あの音がした後は、いつも」


ようやく、続きが紡がれた。


「誰かが、来る」


食堂の空気が、すっと冷えた。


「誰かって」


「名前は分からない。ただ、黒ローブを着た人。あの人の言葉を伝えに来るだけの、道具みたいな人」


少女の声は、感情を押し殺すように平坦だった。


「顔も、見せてくれない。ただ用件だけを告げて、消える。逆らえば、どうなるかは知らない。逆らった人を、見たことがないから」


「使者ってことか」


セレスの声に、少女は小さく頷いた。


「今までは、いつも同じ相手のところに来てた。だから、王都に来てからは、まだ一度も」


「けど、鈴の音は聞こえた」


「……ええ」


少女は自分の手のひらを見つめる。


「多分、近くにいる。もう」


沈黙が落ちた。


ガロンが、無言で席を立ち、窓の外を確認しに行く。何も見えないと分かっていても、確かめずにはいられない仕草だった。カーテンの隙間から差し込む朝の光が、彼の背中に長い影を落としている。


イリスが、細く息を吐いた。


「厄介ね」


それだけ言って、剣の柄に軽く触れる。


「使者が来たら、どうなる」


「多分――」


少女が答えかけたとき、ミュゼがその肩に、そっと手を置いた。


「今考えなくていいよ。来たら、みんなでどうにかするから」


根拠のない言葉だった。けれど、少女はそれ以上何も言わず、小さく頷いた。


その横で、セレスは自分の手首に触れていた。紋様はまだ、微かな熱を持ったままだ。使者が来る、という言葉の重さを、頭では分かっていても、心のどこかでまだ実感できずにいた。


戦うべき相手の輪郭が、また一つ、はっきりと近づいてきている。


* * *


その日の昼、王都の外れの路地に、一人の人物が立っていた。


黒いローブに、顔を隠すフード。手には、小さな鈴が下げられている。


『……見つけた』


くぐもった声が、誰へともなくこぼれた。


鈴が、一度だけ鳴った。


その音は、誰の耳にも届かないほど小さい。それでも確かに、この王都のどこかで、一つの紋様がそれに応えたはずだった。


音もなく、フードの下の顔が、王都の中心へと向く。


足音一つ立てず、人物はゆっくりと路地の奥へと消えていった。

第五十九話「プリンと、言えなかった続き」をお読みいただき、ありがとうございます。


ミュゼの直球さが、少女の重い口を開かせる回でした。「使者」の存在が明らかになり、王都にもいよいよ黒幕の影が忍び寄ってきています。


実は、この子の名前をなかなか決められずにいます。読者の皆さんなら、どんな名前が似合うと思いますか?よければ感想で教えてもらえると、参考にさせていただきます。


面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価でも応援してもらえると嬉しいです!


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