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女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第四章 王都、影の襲来

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第五十七話 名もなき少女への問い

帰り道、ガロンが「飯にするか」と言い出しました。

こんな時でも鍋は正義らしいです。


宿に戻る道中、誰も口数が多くなかった。


アルトは衛兵への報告のため、途中で別れた。「明日には合流する」と、それだけ言い残して。


『少女を、返してもらう』


『でなければ、街ごと壊すまでだ』


白い仮面の男の声が、まだ耳の奥にこびりついている。


「……飯にするか」


沈黙を破ったのは、ガロンだった。


「こんな時に?」


「こんな時だからだ。腹が減ってちゃ、頭も回らねえ」


意外にも、誰も反対しなかった。


* * *


宿の共同キッチンで、ガロンが手早く鍋を温め直す。


出来上がったのは、朝に作りかけていたものの続きだった。


「……あ、この匂い」


真っ先に反応したのはミュゼだった。


戦闘の緊張が抜けきらない顔のまま、鼻だけはしっかり利いている。


「味見、まだ早い?」


「お前、今そういう空気か?」


「空気とお腹は別」


きっぱりと言い切るミュゼに、ガロンは毒気を抜かれたように小さく笑った。


戦場では滅多に見せない、ふっと力の抜けた顔だった。


「……ほら」


差し出された器を、ミュゼが両手で受け取る。


「うまい」


一口すすって、素直な感想がこぼれた。


その空気に、張り詰めていた部屋の温度が、少しだけ下がった気がした。


部屋の隅、壁に寄りかかっていたノアが、静かに口を開いた。


「……あの子、まだ怖がってると思います」


誰へともなく呟かれた言葉に、一瞬だけ空気が引き締まる。


「分かってる」


セレスが短く答えると、ノアは小さく頷いて、また黙り込んだ。


窓際に立っていたイリスは、何も言わずに中央区の方角を見つめている。


その横顔には、いつもの冷静さの下に、かすかな警戒が滲んでいた。


「セレス。あの子のところ、行くんでしょ」


レイフィアが、階段の方へちらりと視線を向けて言う。


「ああ」


「……私も、行くわ」


「別に無理しなくても」


「無理なんてしてない。ただの確認よ」


素っ気ない言い方だったが、足はもう階段の方を向いていた。


* * *


少女の部屋は、静かだった。


ノックをすると、少し間を置いて「……どうぞ」と声が返ってくる。


扉を開けると、月明かりだけが差し込む薄暗い部屋だった。灯りをつける気配もなかったのだろう。


ベッドの上、少女は膝を抱えたまま、窓の外を見ていた。


中央区の方角――さっきまで、黒い靄が立ち上っていた方だ。その横顔は、彫像のように動かない。


「聞こえてたか」


「……ええ」


短く答えて、少女はようやくこちらを見た。


感情の読めない、青白い瞳。


けれど今日は、そこにわずかな揺らぎがあるように見えた。


「街ごと壊すって、言ってたわね」


「ああ」


「それは、私のせい」


「そうとも限らない」


「そうよ」


少女は、はっきりと言い切った。


「私を連れ去ったのはあなたたち。だから、あの男はこう言った。返さないなら、壊すって」


「……お前が謝ることじゃない」


セレスは、少女の正面に立った。


「あの男が勝手に決めた脅し文句だ。お前が背負う理由はない」


「理由なら、ある」


少女の声が、初めて少しだけ強くなった。


「私は、あの男に作られたものだから」


その声には、諦めとも覚悟ともつかない静けさがあった。まるで、何百回も自分に言い聞かせてきた言葉のように。


部屋の空気が、静かに張り詰めた。


レイフィアが、無言でセレスの隣に並ぶ。


「詳しく聞かせてくれ」


「……多くは分からない。ただ、あの結晶と同じ場所で、私は目を覚ました。名前もなく、目的も分からないまま」


少女は自分の手のひらを見つめた。


「分かるのは、私の紋様が、あなたの紋様と似ていること。そして、あの男が――『白銀の本物』と、あなたを呼んでいたこと」


セレスは、自分の手首に触れた。


白銀の紋様は、今もまだ微かに熱を持っている。


「本物、ってことは」


「あなたじゃない何かが、偽物として作られている。多分、それが私」


淡々とした声に、かえって重みがあった。


「だから、いずれ私はあなたたちの敵になる。そう言ったでしょう」


「聞いた」


「なら――」


「それでも」


セレスは、少女の言葉を遮った。


「今のお前は、まだ敵じゃない」


「……」


「街を壊すとか壊さないとか、そんな理由でお前を突き出す気はない。それだけは、はっきりさせておく」


少女は、しばらく黙り込んだ。


「……変な人」


「よく言われる」


「そうじゃなくて」


少女は、初めてわずかに目を伏せた。


「普通は、怖がるか、利用しようとするか。あなたたちは、どっちでもない」


「利用するには、面倒くさすぎるでしょ、あなた」


レイフィアが、横から口を挟む。


素っ気ない言い方だったが、その視線はやはり柔らかかった。


少女は、その言葉に小さく――本当に小さく、口の端を動かした。


笑ったのかどうかも分からないくらいの、僅かな変化だった。


「名前、まだ決めてないんだったな」


「必要ない」


「必要ある。いつまでも『お前』呼びは不便だ」


「……好きにすれば」


「じゃあ、少し考えとく」


その時、階下から足音が響いた。


「――おい、鍋あるぞ! 冷める前に来い!」


ガロンの声だった。


間の悪さに、レイフィアが小さく吹き出す。


「……行くの?」


少女が、戸惑ったように尋ねた。


「行くぞ」


「私も?」


「お前も」


セレスは、少女に向かって手を差し出した。


少女は、その手をしばらく見つめてから――迷うように、けれど確かに、自分の手を重ねた。


* * *


その夜、王都の外れ。


崩れた廃教会の奥で、仮面の男が静かに立っていた。


『……壊れたか、あの端末も』


呟く声に、応える者はいない。


『まあいい。反応は、確認できた』


男は、懐から小さな黒い結晶を取り出す。


それは、セレスの紋様と同じ光り方で、微かに明滅していた。


『白銀の本物――やはり、あちらにいる』


『次は、もう少し丁寧に迎えに行くとしよう』


その声には、焦りも怒りもなかった。


ただ、確信だけがあった。


男は結晶を懐にしまうと、ゆっくりと踵を返す。フードの奥で、口元だけが微かに動いた気がした。


夜の闇が、その後ろ姿を静かに飲み込んでいった。

第57話「名もなき少女への問い」をお読みいただき、ありがとうございます。


今回は、中央区での戦いの後、鎖の少女と向き合う話でした。「作られた偽物」という彼女自身の言葉、そして「敵になっても構わない」と告げるセレスの答え――二人の関係が、少しずつ動き始めています。


そして最後に、仮面の男の視点が初めて描かれました。彼が何を考え、何を目的としているのか。物語はいよいよ核心に近づいていきます。


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