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女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第四章 王都、影の襲来

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第五十六話 街を覆う影

ガロンの鍋は、結局誰も片付けられませんでした。

中央区に着いてすぐ、そんなことを考えている場合ではなくなりましたが。

ミュゼは、たぶん今も鍋の行方が気になっています。


大通りを抜けた先、広場は黒い靄に包まれていた。


昼間だというのに、空気が重く沈んでいる。悲鳴も、逃げ惑う足音も、その靄に飲み込まれて遠く聞こえた。


靄の中心で、何かが蠢いている。


人の形をしているようで、輪郭は絶えず揺らぎ、黒い糸が幾重にも絡み合って出来ていた。近づくほどに、湿った土と焦げた匂いが混じった、嫌な臭気が鼻をついた。


「……なんだ、あれ」


ガロンが低く唸る。


黒い糸の塊は、ゆっくりと頭のようなものを持ち上げた。


顔はない。


ただ、糸が集まって出来た虚ろな穴が二つ、こちらを見ている。


「下がって! あれ、危ないやつです!」


ミュゼの声に、逃げ遅れていた住民たちが慌てて路地へ駆け込んでいく。


「アルト、状況は」


「衛兵が食い止めてる。だが、長くは持たない」


アルトが剣を構えながら答える。


「セレス、お前に何か視えるか」


俺は白銀の紋様に意識を集める。


紋様は、昨夜からずっと熱を持ち続けていた。


そして今、その熱が明らかに強くなっている。


「……向こうも、俺に気づいてる」


黒い糸の塊が、まるで応えるようにびくりと震えた。


「セレスに反応してる?」


イリスが眉を寄せる。


「厄介ね」


「厄介で済むといいけどな」


レイフィアが細剣を構え直す。


黒い糸の塊が、咆哮のような音を発した。


音というより、無数の何かが同時に軋むような、耳障りな響きだった。


「来るぞ!」


ガロンの声と同時に、糸の塊から数本の太い触手が伸びた。


「散開!」


イリスの指示で、全員が左右へ跳ぶ。


触手が地面を叩き、石畳が砕けた。破片が頬をかすめ、俺は舌打ちを飲み込む。土埃の向こうで、仲間たちの気配だけを頼りに次の一手を探る。


「アルト、右!」


「言われなくても!」


アルトが跳び込み、触手の一本を斬り払う。


だが糸はすぐに再生し、絡みつくように彼の足元を狙った。


「危ない!」


心臓が跳ねた。間に合わない、そう思った瞬間だった。


ノアが手をかざす。


色のない光が触手を包み込み、束の間、動きを止めた。


「今!」


その隙にアルトが飛び退く。


「助かった」


「無事なら、いい」


ノアが短く言って、小さく笑う。


「ガロン、正面を頼む!」


俺は叫びながら、隙のできた敵の正面へ視線を送った。


「おう!」


ガロンが大剣を構え、真正面から突っ込む。


大剣が糸の塊を薙ぐ。


だが、切れた端から新しい糸が伸び、傷はすぐに塞がった。


「切っても意味がない……!」


「なら、燃やすか凍らせるか」


イリスが冷静に言う。


「あるいは、糸そのものを止める」


俺は糸の塊を見据えた。


昨夜の鎖の少女の言葉が蘇る。


『この結晶は、末端。本体は、王都のもっと深くにいる』


これも、同じだ。


命令を受けて動いているだけの、末端の一つ。


「中心に、核があるはずだ」


「見えるのか?」


「……いや。だが、繋がってるなら、辿れる」


紋様が強く輝く。


白銀の光が、黒い糸の流れを浮かび上がらせた。


糸の塊の中心、ちょうど胸のあたりに、小さな黒い結晶が埋め込まれているのが見えた。


「あそこだ!」


「言うだけなら簡単だがな!」


ガロンが叫びながらも、大剣を構え直す。


「私とレイフィアで足止めするわ」


イリスが前へ出る。


「ガロンとアルトで、隙を作って」


「セレスとノアは、核を狙って」


「ミュゼは全体の回復と補助を」


指示は瞬時に決まった。


誰も異論を挟まなかった。


五人と一人が、それぞれの役割で動き出す。


イリスとレイフィアが左右から斬りかかり、注意を引く。


ガロンとアルトが、隙をこじ開けるように連携して攻撃を叩き込む。


「今だ、セレス!」


ガロンの声に、俺は地を蹴った。


ノアが並走し、無色の光で行く手の糸を消し飛ばす。


核まで、あと数歩。


その瞬間、黒い糸の塊が、耳障りな声を発した。


いや、声というより――誰かの言葉を、無理やり紡いでいるような音だった。


『……白銀の、本物』


聞き覚えのある響きに、俺は一瞬、動きを止めかけた。


白い仮面の男の声。


あの日、実験体と共に聞いた声と同じだった。


『やはり、そちらにいたか』


「お前、あの時の……!」


『少女を、返してもらう』


『でなければ、街ごと壊すまでだ』


その言葉に、周囲の空気が凍りついた。


「させるかよ……!」


ガロンが吼える。


俺は迷わなかった。


「返す気はない」


『……そうか』


「だから、次はこっちから行く」


白銀の紋様が、これまでで一番強く輝いた。


剣を核へ突き立てる。


「返してほしいなら、お前がここに来い」


切っ先が核を貫いた感触が、柄を通して腕に伝わる。硬い殻を割るような、鈍い手応えだった。


黒い結晶が、悲鳴のような音を立てて砕けた。


糸の塊が、内側から崩れていく。


黒い霧が空へ散り、耳障りな声も、途切れるように消えた。


静寂が戻る。


崩れた石畳の上に、誰も、それ以上動く者はいなかった。


「……終わった、のか?」


ミュゼが恐る恐る呟く。


「ああ」


俺は剣を鞘へ収めた。


けれど、胸の奥にはまだ、あの声が残っていた。


『少女を、返してもらう』


『でなければ、街ごと壊すまでだ』


これは、警告だ。


そして、始まりに過ぎない。


仲間たちの顔にも、勝利の高揚より、次に来るものへの緊張が色濃く浮かんでいた。ガロンは無言で大剣に絡みついた黒い糸の残滓を払い、イリスは崩れた広場を見渡している。


「宿に戻るぞ」


俺は仲間たちを見渡した。


「あの子に、話を聞かないといけない」


誰も、それ以上は何も言わなかった。ただ、それぞれの足取りが、来た時よりも重かった。

第56話「街を覆う影」をお読みいただき、ありがとうございます。


中央区に現れた黒い糸の魔物との戦いは、セレスたちの連携で決着しましたが、そこに響いた「仮面の男」の声が、新たな不穏さを残しました。「少女を返してもらう、でなければ街ごと壊す」——この宣戦布告のような言葉に、物語はいよいよ黒幕との対決へ向かい始めます。


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