第五十話 王都の門、その先に
長い街道を越え、セレスたちはついに王都へ到着します。
ミュゼは到着前から「王都には絶対にすごいお菓子屋さんがある」と断言中です。
なお、根拠はありません。
銀ランク昇格試験の舞台。そして、偽紋様をめぐる事件の中心へ。
新しい街で、五人を待つものとは――。
街道を進む隊商の先に、巨大な城壁が見えた。
朝日を受けた白い石壁は、遠くからでも分かるほど高い。
壁の向こうにはいくつもの尖塔が立ち並び、そのさらに奥には、王城らしき大きな建物が霞んでいた。
「……あれが、王都」
ノアが小さく呟く。
荷車の横を歩いていた彼女は、城壁を見上げたまま足を止めかけた。
ヴェルンハイムとは比べものにならない規模だった。
行き交う隊商の数。
城門前に並ぶ人々。
鎧を着た衛兵たち。
見上げても終わりが見えないほどの石壁。
「大きいな」
ガロンが低く言う。
「町というより、小さな国みたいだ」
「王都だからね」
イリスは前を見たまま答える。
「人も、金も、情報も集まる。便利な分だけ、厄介なものも多い」
「厄介なもの?」
ノアが不安そうに尋ねる。
「黒ローブのような連中も、ここなら隠れやすい」
レイフィアの言葉に、ノアの肩が少しだけ強張った。
セレスはその様子を見て、城壁の方へ視線を戻す。
「だから、先に見つける」
「簡単に言うな」
イリスが言う。
「難しそうに言っても、やることは変わらないだろ」
「……そういうところよ」
レイフィアが小さく息を吐く。
ミュゼは城壁を見上げながら、別の意味で目を輝かせていた。
「見て、あの看板!」
彼女が指を差す。
城門へ続く大通りの途中に、色鮮やかな旗が揺れている。
旗には大きな文字で、こう書かれていた。
『王都菓子祭・開催中』
「お菓子祭り!」
ミュゼの声が、朝の街道に響いた。
「やっぱりあった! 王都にはすごいお菓子屋さんがあるって、ミュゼの勘は言ってた!」
「勘って言ってたな」
セレスが言う。
「勘は大事だよ」
ミュゼは真剣だった。
「戦いもお菓子も、最後は勘がものを言うの」
「たぶん別だ」
ガロンが呟く。
ノアは、ミュゼの勢いに少し驚いたあと、小さく笑った。
「お菓子祭り……行けるかな」
「行こう!」
ミュゼは即答した。
「銀ランク試験が終わったら、絶対に行こうね!」
「試験の前に行く気じゃないだろうな」
「……ちょっとだけなら」
「駄目だ」
イリスが即座に切り捨てた。
隊商が城門前へ到着すると、衛兵による検査が始まった。
荷物を調べ、通行証を確認し、危険物がないかを確かめる。
セレスたちも列へ並び、順番を待った。
ノアは少し後ろで、鞄の肩紐を握っている。
「緊張してるか」
セレスが尋ねる。
「……はい」
「俺も」
ノアが驚いたように顔を上げる。
「セレスも?」
「王都なんて初めてだからな。人が多いと、どこを歩けばいいか分からなくなる」
「それはただ方向音痴なだけでは?」
レイフィアが静かに言った。
「違う」
「違わないと思う」
「セレス、はぐれたらだめだよ」
ミュゼまで真顔で言う。
「お前ら、俺を何だと思ってるんだ」
「放っておくと最低限の荷物だけで、危ない場所に一人で入っていく人」
イリスの返答に、セレスは少しだけ黙った。
「……否定しにくい」
「でしょうね」
やがて、セレスたちの番になった。
衛兵が推薦状を確認し、目を見開く。
「銀ランク昇格試験の推薦者か」
「ああ」
「王都ギルドへ向かうといい。試験の受付も、宿の手配も、あちらで案内される」
衛兵はガロンとミュゼの推薦状も確認し、次にノアへ視線を向けた。
ノアは一瞬、身体を強張らせた。
だが、ギルドマスターから預かった書類を両手で差し出す。
「保護対象、か」
衛兵は書類へ目を通した。
「王都治療院とギルドには連絡が入っている。案内役を呼ぶから、少し待ってくれ」
「ありがとうございます」
ノアは小さく頭を下げた。
城門をくぐった瞬間。
王都の景色が、一気に目の前へ広がった。
石畳の広い大通り。
左右に並ぶ大きな店。
色とりどりの外套を着た人々。
魔法で動く荷車。
高い建物の間を飛ぶ伝書鳥。
遠くから聞こえる楽器の音。
すべてがヴェルンハイムより速く、明るく、賑やかだった。
「わあ……」
ミュゼが声を漏らす。
「見て、あのお店。ケーキみたいなのが並んでる」
「目を離すな」
イリスがミュゼの襟元を軽く掴んだ。
「ギルドが先だ」
「分かってるよ。ちゃんと見てるだけ」
「その目は、今にも突撃する目だ」
「突撃はしない。お店の名前を覚えてるだけ」
「何軒覚えるつもりだ」
「全部」
セレスは少し笑いながら、王都の中央へ続く大通りを歩いた。
王都冒険者ギルドは、城門から少し離れた場所にあった。
ヴェルンハイムのギルドよりも何倍も大きい。
石造りの建物には、剣と盾を模した紋章が掲げられている。
入口の前には、様々な装備の冒険者たちが集まっていた。
銀色の札を下げた者。
金色の外套を着た者。
大きな武器を背負った者。
セレスたちが中へ入ると、視線がいくつも向けられた。
「推薦組か」
「三人とも、地方から来たのか」
「無色の冒険者がいるって、本当だったんだな」
ひそひそとした声。
興味。
疑い。
値踏みするような視線。
セレスは気にせず、受付へ向かった。
「ヴェルンハイムから来た。銀ランク昇格試験の推薦で」
受付の女性が推薦状を受け取り、丁寧に確認する。
「セレス様、ガロン様、ミュゼ様ですね。お待ちしていました」
女性は少しだけ表情を改めた。
「ですが、試験への参加には一つ条件があります」
「条件?」
ガロンが尋ねる。
「試験開始前に、推薦者全員の実力確認を行います。王都の規定です」
「模擬戦か」
イリスが言う。
「それだけではありません」
受付の女性は、奥にある掲示板へ視線を向けた。
「今回の昇格試験は、急遽内容が変更されています」
掲示板には、赤い紙が貼られていた。
周囲の冒険者たちも、それを見ながらざわついている。
セレスたちは近づいた。
赤い紙には、太い文字でこう書かれていた。
『銀ランク昇格試験・第一課題』
『王都北区で発生している、魔力暴走事件の原因を調査・対処せよ』
「魔力暴走?」
ミュゼが不安そうに呟く。
「最近、北区で魔力を持つ人や魔道具が突然暴走する事件が続いています」
受付の女性が説明する。
「怪我人も出ています。原因は不明ですが、通常の事故ではない可能性が高いと判断されました」
セレスの左手首にある白銀の紋様が、かすかに熱を持った。
ノアもまた、胸元を押さえる。
「……黒い線の感じがする」
小さな声だった。
「北区の地下から」
イリスとレイフィアが、すぐに顔を見合わせる。
王都地下水路の地図。
数え切れないほどの黒い印。
そして、王都の檻を開けるという声。
偶然ではない。
「これは試験だ」
セレスは赤い紙を見ながら言った。
「でも、敵は試験に合わせて待ってくれるわけじゃない」
「なら、先に片づけるだけだ」
アルトが後ろから言った。
いつの間にか、彼も受付へ来ていた。
「北区の暴走。俺も参加する」
「勝手に決めるな」
セレスが言う。
「推薦者全員の課題だ」
「なら、俺も勝手じゃない」
「そういう話か?」
「そういう話だ」
アルトはわずかに口元を緩めた。
そのとき。
ギルドの入口が勢いよく開いた。
血相を変えた冒険者が飛び込んでくる。
「北区でまた暴走が起きた!」
ギルド内の空気が凍る。
「今度は魔道具じゃない! 子どもたちが、突然魔力を暴走させている!」
ノアの胸元の偽紋様が、激しく脈打った。
黒い線が。
地下だけではなく、すでに王都の人々へ伸び始めている。
第五十話を読んでいただき、ありがとうございます!
ついにセレスたちは王都へ到着しました。
銀ランク昇格試験の第一課題は、王都北区で起きている魔力暴走事件の調査と対処。
けれど、それは黒ローブ組織が王都地下で進めている偽紋様の実験と、確実につながっています。
ミュゼが目をつけたお菓子屋さんは、試験と事件を乗り越えた後に行けるのでしょうか。
次回、セレスたちは北区へ向かいます。
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