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女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第二章 地下遺跡と銀仮面

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第三十四話 レイフィアの逃げなかった日

怖くない人なんて、たぶんいません。


怖いから逃げる。

怖くても残る。


その違いは、強さだけでは決まりません。


今回は、レイフィアの話です。

レイフィアの手首に、黒赤い線が浮かび上がった。


古い傷跡をなぞるように。


細く。


けれど確かに。


「レイフィア!」


ミュゼが駆け寄る。


だがレイフィアは、伸ばされた手を反射的に払った。


「来ないで!」


鋭い声だった。


自分でも驚いたのか、レイフィアの目が揺れる。


「……ごめん。今は、近づかないで」


彼女は震える左手首を押さえ、壁へ背を預けた。


黒赤い線は、肌の上をゆっくりと広がっている。


まるで、彼女の中にある恐怖を見つけて、そこへ根を張ろうとしているようだった。


「偽紋様の術式が、レイフィアに反応してる」


イリスが周囲を睨む。


「遺跡の奥から流れている魔力が、心の弱い部分を探っているのかもしれない」


「心の弱い部分、ね」


レイフィアは自嘲するように笑った。


「だったら、私には都合がいいわ。いくらでも見つかるでしょうから」


「そんな言い方するな」


ガロンが低く言う。


「事実よ」


レイフィアは顔を上げない。


「私は、逃げたもの」


地下遺跡の奥から、また低い音が響く。


ごうん、と。


石柱の白銀の紋様が明滅するたび、レイフィアの手首の黒赤い線も強く光った。


セレスは彼女の前へしゃがむ。


「故郷で、何があった」


レイフィアはしばらく答えなかった。


細剣の柄を握る指が、白くなるほど力が入っている。


「……私の村は、山あいにある小さな場所だった」


やがて、かすれた声で言った。


「魔物も少なくて、皆が顔見知りで。退屈なくらい、何もない村よ」


レイフィアの口元に、ほんの少しだけ笑みが浮かぶ。


だが、それはすぐに消えた。


「私は剣が得意だった。村の大人たちにも褒められていたわ。だから、自分なら何かあったときに守れると思っていた」


黒赤い線が、手首から腕へ伸びる。


レイフィアは痛みに耐えるように、目を閉じた。


「ある夜、知らない男たちが村へ来た。黒いローブを着ていた」


誰も口を挟まない。


「最初は、薬を配ると言っていた。力が出る薬。怪我が治る薬。魔物に負けなくなる薬」


「偽紋様か」


セレスが言う。


「ええ」


レイフィアは頷いた。


「力を欲しがっていた若者たちが、次々に手を伸ばした。村の外へ働きに出ても上手くいかなかった人。家族を守りたかった人。私より強くなりたかった人」


声が少し震える。


「私も、最初は止めようとした。でも、誰も聞かなかった。私はただ剣が少し使えるだけの子供だったから」


黒ローブたちは、村の外れにある古い倉庫を使った。


そこで人々の腕に紋様を刻んだ。


最初のうちは、皆喜んでいた。


薪を軽く持てるようになった。


畑仕事が楽になった。


魔物を追い払えるようになった。


「でも、三日目に一人が壊れた」


レイフィアの瞳が、遠い場所を見ていた。


「急に叫び出して。自分の家族まで敵だと言って、剣を振り回した」


黒赤い線が、肘のあたりまで伸びた。


「私は止めようとした。剣を抜いた。だけど、怖かった」


声が掠れる。


「目の前にいたのは、いつも畑で野菜をくれた人だった。私が子供のころ、転んで泣いたら背負って帰ってくれた人だった」


レイフィアは唇を噛んだ。


「剣を向けられなかった」


次の日も。


また次の日も。


偽紋様を刻まれた人たちは、少しずつ壊れていった。


「私は、村から逃げた」


言葉は短かった。


けれど、それまでのどんな言葉より重かった。


「助けを呼ぶためだって、自分に言い聞かせた。でも、本当は違う。私はただ、あの光を見るのが怖かった」


レイフィアの手首から、黒赤い光が溢れる。


床に落ちた光が、細い線になって広がっていく。


「戻ったときには、村はもう……」


レイフィアは最後まで言えなかった。


セレスは黙って聞いていた。


ガロンも。


ミュゼも。


イリスも。


「だから私は、偽紋様を見ると分かるの」


レイフィアが言う。


「どれだけ苦しんでいるか。どれだけ怖いか。助けてって叫んでいるのに、身体が言うことを聞かない感じが」


「レイフィア」


ミュゼが、小さく呼んだ。


「今回の人たちは、助けられたよ」


「まだ全員じゃない」


レイフィアは首を振る。


「奥には、もっといる。銀仮面の男がいる。あのときと同じように、誰かが壊される」


黒赤い線が、肩へ届こうとしていた。


セレスは、レイフィアの手首へ手を伸ばす。


レイフィアの身体が強張った。


「触らないで」


「触る」


「セレス」


「大丈夫」


セレスは、白銀の紋様がある左手首を見せた。


「さっき、繋がった」


淡い白銀の線が、セレスの手首から伸びる。


ガロン。


ミュゼ。


イリス。


そしてレイフィアへ。


五人を結ぶ光は、まだ消えていなかった。


「一人じゃない」


セレスが言う。


「今度は、逃げなくていい」


レイフィアの目が大きく揺れた。


「そんな簡単に言わないで」


声が震える。


「私は、怖いのよ」


「知ってる」


「また助けられなかったらどうするの」


「そのときは、俺たちも一緒に助ける」


「私が動けなくなったら?」


「引っ張る」


「私が逃げたら?」


「追いかける」


セレスは迷わず言った。


「でも、今は逃げてない」


レイフィアの唇が、かすかに震えた。


泣きそうな顔。


そしてセレスの手を、自分から握った。


白銀の線が、少し強く光る。


黒赤い線が、じりじりと後退していった。


完全には消えない。


それでも、肩まで届きかけていた闇は、手首の古い傷跡へ戻っていく。


「止まった……」


ミュゼが安堵の声を漏らす。


「まだ遺跡の術式と繋がってる。でも、レイフィア自身が飲まれなければ、すぐに暴走はしない」


イリスが分析する。


「なら、急ぐしかないわ」


「ええ」


レイフィアは立ち上がった。


まだ少し足元は不安定だった。


けれど、細剣を抜く手は震えていない。


「奥へ行きましょう」


そのとき。


遺跡の奥から、甲高い音が響いた。


きぃん、と。


石柱の白銀の紋様が、全て赤黒く染まる。


開いていた通路の壁が動き、複数の石壁がせり上がった。


「分断する気か」


ガロンが大剣を構える。


「セレス、右!」


イリスの声。


床から黒い鎖が飛び出し、セレスの足首へ絡みつく。


「っ!」


引きずられる。


セレスは剣を床へ突き立てた。


だが、鎖の力は強い。


石床を削りながら、身体が通路の右側へ引かれていく。


「セレス!」


ミュゼが手を伸ばす。


その前に、石壁が落ちた。


轟音とともに、通路が二つに分かれる。


セレスとレイフィア。


ガロン、ミュゼ、イリス。


五人は、石壁によって引き離された。


「レイフィア!」


石壁の向こうから、ミュゼの声が響く。


「大丈夫!」


レイフィアが叫び返す。


しかし、その声に返事はなかった。


通路の奥で、何かが動く音がする。


ぎしり。


ぎしり。


暗闇の中から、複数の赤い光が浮かび上がった。


黒ローブたちではない。


人型ではある。


だが、身体は黒い甲殻に覆われ、腕は刃のように変形している。


首元には、幾重にも重なった偽紋様。


「……あのときの」


レイフィアが、息を呑んだ。


彼女の声が、わずかに震えた。


「村で見た。偽紋様に耐えられなかった人たちを、さらに作り変えた姿よ」


怪物たちが、ゆっくりと近づいてくる。


セレスは剣を構えた。


「レイフィア」


「分かってる」


レイフィアは細剣を前へ出す。


「今度は、逃げない」


最初の一体が、刃の腕を振り上げた。


レイフィアが踏み出す。


その足取りは、まだ少しだけ重い。


けれど。


逃げるためではなかった。


誰かを守るために、前へ出る足だった。

第三十四話を読んでいただき、ありがとうございます!


レイフィアが抱えてきた過去と、偽紋様への恐怖が明らかになりました。


怖さが消えたわけではありません。

それでも、仲間がいる今のレイフィアは、かつての自分とは違います。


次回、セレスとレイフィアは分断された通路で、故郷の悪夢を思わせる強化実験体と対峙します。


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