第三十二話 偽物たちの行進
白銀の遺跡に足を踏み入れたセレスたちを待っていたのは、黒ローブの集団でした。
ただし、いつもの黒ローブではありません。
手首に刻まれた偽紋様。
濁った目。
そして、どこか怯えたような表情。
倒すだけでは終われない戦いが始まります。
地下遺跡の空気は、ひどく冷たかった。
石柱に刻まれた白銀の紋様。
その大半を、黒と赤の線が汚している。
床に広がる術式もまた、脈打つように淡く光っていた。
五人を囲むように、黒ローブたちがゆっくりと近づいてくる。
その数は二十を超えていた。
「……多いな」
ガロンが大剣を構える。
「しかも、普通の相手じゃない」
イリスが低く言った。
黒ローブたちの手首には、黒赤い紋様が刻まれている。
それは、ヴェルンハイムで見た偽紋様と同じものだった。
ただし、より深く。
皮膚の奥まで食い込むように。
何人かは腕だけではない。
首筋や頬、胸元にまで黒赤い線が走っていた。
「銀仮面の男」
セレスは扉の前に立つ男を睨む。
「こいつらも実験体か」
「実験体という言葉は好きではない」
銀仮面の男は静かに答えた。
「彼らは、自ら力を望んだ者たちだ」
「望んだ?」
ミュゼが杖を抱え直す。
「こんな風になりたくて?」
「弱いまま生きるよりは、力を得るほうがいいと考えた」
男は石柱に触れた。
「魔物に家族を奪われた者。才能がないと笑われた者。守れなかった者。誰もが、強さを欲しがっていた」
「だから壊していい理由にはならない」
レイフィアの声は、冷たかった。
細剣を抜き、銀仮面の男へ向ける。
「そんなことも分からないなら、あなたたちは救いじゃない。ただの利用者よ」
「結果だけを見ろ」
銀仮面の男が指を鳴らした。
床の術式が、赤く光る。
黒ローブたちの紋様が一斉に明滅した。
「立て」
次の瞬間。
黒ローブたちが、獣のような声を上げた。
「う、あ……っ!」
「ぁああああっ!」
歪んだ叫びとともに、全員が走り出す。
「来るぞ!」
ガロンが前へ出た。
大剣を横に振るい、先頭の黒ローブを吹き飛ばす。
だが、相手は壁へ叩きつけられても止まらなかった。
床を転がり、すぐに立ち上がる。
濁った目のまま、またこちらへ向かってくる。
「痛みを感じてない……!」
ミュゼが息を呑む。
「無理に倒したら危ない。骨が折れても、止まらないかもしれない」
「なら、止める」
セレスは剣を抜いた。
「殺さずに」
「簡単に言うわね」
イリスが苦笑する。
それでも、その目は真剣だった。
「でも、嫌いじゃない」
「右から三人!」
レイフィアが駆け出す。
細剣が閃いた。
相手の急所を避け、武器を持つ腕だけを正確に打ち抜く。
黒ローブの短剣が床へ落ちた。
しかし、腕を刺された相手は顔色一つ変えず、もう片方の手を伸ばす。
「しつこい……!」
「レイフィア、下がれ!」
イリスが横から剣を振るう。
黒ローブの足を払って倒し、そのまま柄で首筋を打った。
普通なら意識を失う一撃。
だが、黒ローブは痙攣しながら、なおも立ち上がろうとしていた。
「完全に術式に操られているわ」
「俺が抑える!」
ガロンが大剣を床へ突き立てる。
分厚い刃が石床を砕いた。
飛び散った石片と土煙が、黒ローブたちの視界を遮る。
「ミュゼ!」
「うん!」
ミュゼの杖が淡い緑の光を放つ。
蔦のような魔力が床を這い、黒ローブたちの足へ絡みついた。
数人の動きが止まる。
だが、紋様が赤く光るたびに、蔦が無理やり引きちぎられていく。
「魔力まで強くなってる……!」
「元の力を無理やり引き出しているんだろう」
セレスは、一人の黒ローブと剣を合わせた。
重い。
見た目よりも、ずっと強い。
紋様が腕を通して、無茶な力を流し込んでいる。
相手の剣を受け流し、セレスは手首を見る。
黒赤い紋様。
ひび割れた皮膚。
その下で、何かが暴れている。
「……聞こえるか?」
返事はない。
黒ローブは荒い息を吐き、剣を振り上げた。
セレスは踏み込み、相手の手首を掴む。
「お前は、本当にこれを望んだのか」
「強……く……」
黒ローブの口が、かすかに動いた。
「強く……なれば……」
濁った目から、一筋だけ涙がこぼれた。
「妹を……守れた……」
その言葉で。
セレスの左手首の紋様が、熱を持った。
白銀の光が、腕輪の下から漏れ出す。
黒ローブの偽紋様へ触れた瞬間。
黒赤い線が、激しく脈打った。
「っ……!」
セレスの視界に、知らない景色が流れ込む。
燃える家。
瓦礫の下で泣く少女。
手を伸ばしても届かない。
もっと力があれば。
もっと早ければ。
守れたのに。
「セレス!」
ミュゼの声で、意識が引き戻された。
セレスは息を呑む。
手首に触れていた黒ローブが、苦しそうに膝をついている。
「今のは……」
偽紋様の奥にある感情。
その人が抱えていた願い。
力を欲した理由。
白銀の紋様が、それを勝手に読み取った。
「セレス、離れて!」
イリスの声が響く。
別の黒ローブが、背後から迫っていた。
セレスは咄嗟に剣を振るう。
剣先は相手の肩を浅く裂いた。
だが、黒ローブは止まらない。
その腕にある偽紋様が、異様なほど膨れ上がった。
「危ない!」
レイフィアがセレスの前へ滑り込む。
細剣が黒ローブの手首を打ち、軌道を逸らす。
そのままイリスが踏み込んだ。
「眠りなさい!」
剣の腹で、側頭部を強く打つ。
黒ローブはようやく倒れた。
だが、その身体から黒い霧が漏れ出している。
「まずい」
セレスが呟く。
床に倒れた黒ローブたちも、同じように黒い霧を上げ始めた。
偽紋様が赤く明滅する。
一つ。
二つ。
やがて、地下遺跡にいる全員の偽紋様が同時に光った。
「暴走させる気か」
ガロンが銀仮面の男を睨む。
「違う」
銀仮面の男は、淡々と答えた。
「これは適合のための最終段階だ」
「死ぬぞ!」
「耐えられぬ器は、力を持つ資格がなかっただけだ」
その瞬間。
セレスの中で、何かが切れた。
白銀の光が、腕輪の隙間から溢れ出す。
「資格なんて、誰が決める」
セレスの声は低かった。
銀仮面の男が、少しだけ首を傾ける。
「お前は分からないのか。力のない者は奪われる。守れない。だから力が必要だ」
「必要だよ」
セレスは答える。
「でも、壊れていい理由にはならない」
左手首の紋様が、強く輝いた。
白銀の光が、倒れている黒ローブの偽紋様へ伸びていく。
触れた瞬間。
黒赤い線が、激しく抵抗した。
腕を焼かれるような痛み。
頭の中に、何人もの叫びが流れ込む。
守れなかった。
強くなりたい。
負けたくない。
認められたい。
怖い。
助けてほしい。
「っ……!」
セレスの膝が揺れる。
あまりにも多い感情が、身体の中へ流れ込んでくる。
「セレス!」
ミュゼが駆け寄ろうとする。
「来るな!」
セレスは叫んだ。
「まだ、近づくな……!」
白銀の光と黒赤い光が、セレスの腕からぶつかり合う。
石床にひびが走る。
黒ローブたちの偽紋様は暴走を続け、次々に黒い霧を吐き出していた。
このままでは、全員が壊れる。
それでも。
セレスは手を離さなかった。
「……お前たちは」
白銀の光が、少しずつ黒赤い紋様の奥へ入り込んでいく。
「ただの偽物じゃない」
黒ローブの一人が、苦しげに顔を上げる。
濁っていた瞳に、わずかな光が戻った。
「俺は……」
「生きろ」
セレスは言った。
「強くなりたいなら、生きて強くなれ」
白銀の光が弾けた。
黒赤い紋様の一部が、ぱきりと音を立てて砕ける。
倒れていた黒ローブの身体から、黒い霧が消えた。
呼吸が、少しだけ落ち着く。
セレスは息を呑んだ。
「止まった……?」
ミュゼが呟く。
偽紋様は消えていない。
だが、暴走は弱まっている。
銀仮面の男が、初めて明らかに驚いた。
「偽紋様を……鎮めた?」
セレスの手首が痛む。
白銀の紋様は、これまで以上に熱を持っていた。
それでも、そこにあったのは嫌な熱ではない。
誰かの力を借りるときとは、少し違う。
壊れかけたものを。
無理やり奪うのではなく。
その人自身へ返すような感覚。
「お前たちの紋様は、間違っている」
セレスは銀仮面の男を見る。
「でも、こいつらまで間違いじゃない」
銀仮面の男の目が、仮面の奥で細くなった。
「興味深い」
男はゆっくりと後ろへ下がる。
「やはり、お前は必要だ。原初の紋様核を起動するためにも」
「待て!」
ガロンが踏み出す。
だが、銀仮面の男は石柱へ手を触れた。
地下遺跡全体が、大きく揺れる。
石柱の白銀の紋様が、一斉に光った。
奥へ続く通路が、ゆっくりと開いていく。
その先には。
これまでよりも遥かに強い、白銀の光が見えていた。
「来るといい」
銀仮面の男は、暗い通路の奥へ消えていく。
「お前が生まれた理由を知りたければ」
その声が消えた直後。
地下遺跡のさらに奥から。
低く、重い音が響いた。
ごうん、と。
何か巨大なものが動き出すような音だった。
セレスは腕輪の下で輝く紋様を押さえる。
白銀の光は、開かれた通路の先へ引かれていた。
まるで。
そこに、自分の答えがあるとでも言うように。
第三十二話を読んでいただき、ありがとうございます!
今回は、黒ローブたちが単純な敵ではなく、偽紋様に利用された人たちでもあることが分かる回でした。
セレスの紋様には、力を借りるだけではない新しい可能性が見え始めています。
次回は、仲間の力を繋ぐ新たな戦い方と、遺跡の最深部へ続く道が動き出します。
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