第三十一話 白銀の扉の向こう
黒ローブの本拠地らしき場所へ続く、怪しい扉が開きました。
向こうには強い白銀の光。
こちらには、街を壊しかねない偽紋様。
選択肢は……たぶん、ありません。
なお、ミュゼは「帰ったらごはん」と言っていました。
大事な目標です。
黒赤い光が、広場の中央で大きな扉の形を作っていた。
縁には、見たことのない文字が刻まれている。
その奥には深い闇。
けれど闇のさらに向こうから、白銀の光が漏れていた。
セレスの左手首にある紋様と、同じ色の光。
「お前の紋様が生まれた場所へ」
銀仮面の男の声が、まだ耳に残っている。
だが、その姿はもうどこにもなかった。
広場に残されているのは、暴れる偽紋様と。
町中から集められた黒赤い光。
「……入るしかないの?」
ミュゼが、扉を見上げて言った。
「ここに残って術式を止める方法がないなら、向こうに行くしかない」
イリスが答える。
剣を握る手には、わずかに汗が滲んでいた。
「ただ、これは敵が用意した道よ。待ち伏せされていると思ったほうがいいわ」
「分かってる」
セレスは扉を見る。
「でも、あいつは俺を呼んだ」
「一人で行くつもりじゃないでしょうね」
レイフィアの声が鋭くなる。
細剣を腰へ戻し、セレスの前に立った。
「また勝手に全部背負うなら、止めるわよ」
「一人で行くとは言ってない」
「本当?」
「ああ」
セレスは仲間たちを見る。
「五人で行く」
ガロンが大剣を肩へ担いだ。
「最初からそのつもりだ」
「私も行くよ」
ミュゼが杖を抱え直す。
「怖いけど、セレスたちと一緒なら行ける」
「ここまで来て置いていかれたら、さすがに怒るわ」
イリスが言った。
「私は怒ってるよ」
レイフィアが即座に続ける。
「まだ何もしてない」
「今まで何度も一人で無理をしてきたでしょう」
「……そうかもしれない」
「否定できないんだ」
ミュゼが少しだけ笑った。
緊張の中で生まれた小さな笑い。
それでも、五人の呼吸は少しだけ整った。
「ギルドマスター」
セレスは、広場の端にいるギルドマスターを見る。
「向こうへ行く」
「分かっている」
ギルドマスターは短く頷いた。
「こちらは衛兵と残った冒険者で抑える。だが、長くは持たん」
黒い兵たちは、まだ何体も残っている。
ガロンとイリスが抑えているが、完全に止められたわけではない。
「扉を閉じられるか?」
「分からん。ただ、核が向こうにあるなら、そこで術式を止めるしかないだろう」
「なら行く」
セレスは扉の前へ立った。
白銀の光が、手首の紋様に反応する。
痛みはある。
けれど、さっきまでの暴走しそうな感覚とは違う。
どこかへ導かれているような。
呼ばれているような。
「待って」
ミュゼが、セレスの袖を掴んだ。
「帰ってきたら、ごはん食べようね」
「今?」
「今だから」
ミュゼは少しだけ困ったように笑う。
「ちゃんと帰ってくる理由、作っておきたいの」
セレスはミュゼを見る。
それから、少しだけ頷いた。
「ああ。食べる」
「約束だよ」
「約束する」
五人は、並んで扉の前に立つ。
黒赤い光の向こう。
白銀の光が、さらに強くなった。
「行くぞ」
ガロンの声に。
全員が頷く。
一歩。
セレスが扉の中へ踏み込む。
次の瞬間。
身体が引き裂かれるような浮遊感に包まれた。
視界が白く染まる。
足元が消える。
耳鳴りのような音が響く。
そして。
セレスたちは、冷たい石床の上へ落ちた。
「っ……!」
セレスはすぐに立ち上がる。
周囲を見回す。
そこは、地下の巨大な空間だった。
天井は高く、壁には古い石柱が並んでいる。
石柱の一本一本には、白銀の紋様が刻まれていた。
けれど、その多くは黒と赤の線に汚され、ひび割れている。
「ここは……」
イリスが息を呑む。
「遺跡?」
「違う」
レイフィアが周囲を見渡す。
「古い施設よ。誰かが使っていた跡がある」
床には、壊れた机や、錆びた鎖。
壁際には、何かを閉じ込めていたような鉄格子が並んでいる。
空間の奥には、大きな台座があった。
台座の上には、ひび割れた白い石。
そこから、白銀の光が漏れている。
セレスの紋様が、強く反応した。
「……あれだ」
左手首が熱を持つ。
白銀の光が、腕輪の下から漏れる。
台座の石と、同じように呼応している。
「女神の遺物」
背後から、銀仮面の男の声がした。
五人が振り向く。
いつの間にか、入口だった扉の前に、銀仮面の男が立っていた。
「ここはかつて、神々が人へ力を与えるために作った場所」
「神々?」
ミュゼが小さく呟く。
「馬鹿な」
イリスが男を睨む。
「そんな話、聞いたこともないわ」
「当然だ。人の歴史に残るような場所ではない」
銀仮面の男は、ゆっくりと石柱に触れた。
「ここでは、力の器となる者が選ばれた。祝福を受ける者。失敗作として捨てられる者」
石柱に刻まれた白銀の紋様が、わずかに揺れる。
「そして、お前の紋様は、その仕組みの外から生まれた」
男はセレスを見る。
「本来なら存在しない。女神の手違いによって、偶然に完成した唯一の紋様」
「だから、真似しようとしているのか」
セレスが言う。
「ああ」
男の仮面の奥で、目が細められた気がした。
「我々は何度も失敗した。力の形を写しても、器が壊れる。紋様を刻んでも、意思を持たせれば暴走する」
男の声は、静かだった。
けれど、その静けさの奥に、強い執着がある。
「だが、お前は違う。借りる。理解する。壊さない」
「壊さないわけじゃない」
セレスは答えた。
「俺の力も、まだ分からないことだらけだ」
「それでも、お前は完成している」
銀仮面の男が片手を上げる。
地下空間の床に、黒赤い紋様が広がった。
「だからこそ、必要だ」
黒い鎖が、台座の白い石から伸びる。
セレスの足元へ向かってくる。
「お前の紋様を解析し、複製する。誰もが力を得られる世界を作るために」
「誰もが?」
レイフィアが細剣を抜く。
「壊れた人間を何人も出しておいて、よく言えるわね」
「犠牲は必要だ」
銀仮面の男は、即答した。
「大きな力を得るためには、必ず代償がある」
「それを払うのは、いつもお前じゃない」
ガロンの声が低く響く。
大剣を構え、前へ出る。
「俺は難しいことは分からねえ。でも、他人を使い潰して作る力なんて、欲しくもねえよ」
「同感ね」
イリスも剣を抜く。
「力を求める人を助けると言いながら、その人の選ぶ権利を奪っている。それは救いじゃないわ」
ミュゼは、少し震えながらも杖を握った。
「みんなが強くなりたいって思うのは、悪いことじゃないよ」
銀仮面の男が、ミュゼを見る。
「ならば、我々の考えも理解できるはずだ」
「違う」
ミュゼは首を横に振る。
「助けてって言った人を、苦しくしていい理由にはならない」
地下空間が静かになる。
セレスは仲間たちを見る。
それぞれが、恐れている。
けれど、逃げない。
「ここを壊す」
セレスは台座の白い石を見る。
「黒ローブたちが使えないように」
「できると思うか?」
銀仮面の男が言う。
「それはお前の紋様と同じ根を持つ。壊せば、お前自身の力にも影響が出るかもしれない」
セレスの手首が、わずかに痛んだ。
白い石。
自分の紋様。
確かに、繋がっている。
もし石を壊せば。
借り物の力が消えるかもしれない。
もう、誰かの特性を借りられなくなるかもしれない。
「セレス」
ミュゼが小さく呼ぶ。
セレスは白い石を見る。
力がなくなれば。
今までみたいに戦えなくなる。
仲間を守れないかもしれない。
けれど、ここを残せば。
黒ローブたちはまた、人を壊す。
「……壊す」
セレスは答えた。
「俺の力がどうなっても」
銀仮面の男が、初めて明確に笑った。
「そう言うと思った」
その瞬間。
床の黒赤い紋様が、一斉に光る。
石柱の陰から、何十もの黒ローブが現れた。
全員の手首には、歪な偽紋様。
空間全体が、黒と赤の光で満たされていく。
「ならば証明してみろ」
銀仮面の男の声が響く。
「借り物の力を失ってなお、お前に価値があるのかを」
黒ローブたちが、ゆっくりと五人へ近づいてくる。
ガロンが大剣を構える。
イリスが剣を前へ出す。
レイフィアの細剣が、白い光を反射した。
ミュゼは、震える手で杖を握り直す。
セレスは、左手首の腕輪を外した。
白銀の紋様が、冷たい地下空間の中で光る。
「価値があるかは、知らない」
セレスは剣を抜く。
「でも、守りたいものはある」
その言葉と同時に。
白銀の光が、石柱の紋様と重なった。
黒赤い光へ抗うように。
地下空間の奥で、何かが目を覚ますような音が響いた。
第三十一話を読んでいただき、ありがとうございます!
黒ローブたちの本拠地と思われる場所で、セレスの紋様に繋がる白い石が見つかりました。
この石を壊せば、偽紋様の研究を止められるかもしれません。
ただし同時に、セレス自身の「借り物の力」にも影響が出る可能性があります。
それでもセレスは、目の前で人が壊され続ける場所を残さないと決めました。
次回、白銀の遺跡で五人と黒ローブたちの戦いが始まります。
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