第三十話 街の中心で待つ者
町中の偽紋様が動き出し、黒ローブから招待状まで届きました。
待ち合わせ場所は、冒険者ギルドの近く。
内容はだいぶ物騒ですが、セレスたちは五人で向かいます。
なお、遅刻すると街が壊れそうなので急ぎます。
市場から町の中心へ向かう道は、すでに混乱に包まれていた。
遠くでは、衛兵たちの声が飛び交っている。
黒と赤の光は、石壁や地面から細い線のように伸び、町の中心へ集まっていた。
まるでヴェルンハイム全体に、巨大な紋様が刻まれているようだった。
「こっちよ!」
レイフィアが先頭を走る。
細い裏道を抜け、倒れた荷車や逃げ遅れた人々を避けながら進む。
「表通りは人が多すぎる。裏から回ったほうが早いわ!」
「分かった!」
ガロンが後ろを守る。
途中、黒い粘液が路地の壁から伸びてきたが、大剣の一振りで道を切り開いた。
イリスはその横を走りながら、剣で粘液の流れを断つ。
「この術式、街の中心に近づくほど強くなっているわ!」
「セレス、大丈夫?」
ミュゼが尋ねる。
セレスの左手首は、まだ熱を持っていた。
銀の腕輪の下で、白銀の紋様が淡く光っている。
「大丈夫だ」
「本当に?」
「……少し痛い」
「それは大丈夫じゃないよ」
「でも動ける」
「動けるからって、無理していいわけじゃない」
ミュゼの声は真剣だった。
セレスは少しだけ黙る。
昨日までなら、何も言わずに先へ進んでいたかもしれない。
けれど、仲間がいる。
無理をしているときに止めてくれる人がいる。
「分かった。痛みが強くなったら言う」
「約束だよ」
「ああ」
町の中心へ近づくほど、黒赤い線は太くなっていく。
線は地面を這い、建物の壁を登り、空へ向かって伸びていた。
その先にあるのは、冒険者ギルド前の広場。
そこには、巨大な黒赤い魔法陣が浮かび上がっていた。
広場の周囲には、衛兵と冒険者たちが集まっている。
しかし、誰も魔法陣へ近づけない。
黒い粘液が壁のように広がり、近づいた者を弾き飛ばしていた。
「ギルドマスター!」
ガロンが叫ぶ。
広場の端に立っていたギルドマスターが、こちらへ振り向く。
「来たか!」
「状況は?」
セレスが聞く。
「最悪だ」
ギルドマスターの顔は険しい。
「町の各地にあった術式が、すべてここへ繋がっている。中央の核を止めなければ、街全体の紋様が暴走する」
「核はどこ?」
「魔法陣の中心だ。だが、近づけん」
広場の中央。
黒赤い線が幾重にも重なり、巨大な柱のように空へ伸びている。
その根元に、一人の男が立っていた。
銀色の仮面。
質の良い黒いローブ。
倉庫街で見た、あの男だ。
「待っていた」
男の声が、広場全体へ響いた。
「女神の遺物。唯一の成功例」
セレスの手首が、強く熱を持つ。
銀仮面の男は、ゆっくりと腕を広げた。
「見ろ。この街に満ちた願いを」
魔法陣の周囲に、黒赤い光の球が浮かぶ。
球の中には、断片的な映像が映っていた。
借金に追われる男。
病に苦しむ子ども。
家族を守れず泣く女。
才能がないと笑われ、剣を捨てた青年。
「誰もが力を欲している」
銀仮面の男が言う。
「守るために。奪われないために。無力な自分を変えるために」
黒赤い光が、脈打つ。
「我々は、それを叶える。力を与える。弱者を強者へ変える」
「違う」
セレスが前へ出る。
「お前たちは、人を壊している」
「壊れる者は、弱い」
銀仮面の男は即答した。
「力に耐えられないなら、その程度の器だったというだけだ」
レイフィアの細剣が、鋭く光る。
「人を試すな」
その声には、抑えきれない怒りがあった。
「自分たちの失敗を、人の弱さのせいにするな」
「剣士。まだ理解できないのか」
銀仮面の男は、レイフィアを見た。
「弱い者が生み出す悲劇を、君は知っているはずだ」
レイフィアの表情が強張る。
「……黙りなさい」
「守れなかった村。壊れていく人々。逃げた自分」
「黙れ!」
レイフィアが一歩踏み出す。
だが、セレスが腕を伸ばして止めた。
「レイフィア」
「でも……」
「言わせておけばいい」
セレスの声は静かだった。
「過去を知っているから、今ここにいる」
レイフィアはセレスを見る。
その瞳には、怒りと、迷いが混ざっていた。
やがて、細剣を握り直す。
「……そうね」
銀仮面の男は、少しだけ面白くなさそうに息を吐いた。
「ならば、力を見せよう」
男が片手を上げる。
広場の魔法陣が、激しく光った。
黒い粘液が地面から噴き出し、人の形を取る。
一体、二体。
十体。
それは、倉庫で見た実験体たちよりも大きい。
黒い鎧のような粘液に覆われ、手首には複数の偽紋様が浮かんでいる。
「量産型か」
ガロンが大剣を構える。
「嫌な言い方をするなよ」
ミュゼが小さく言う。
「でも、嫌なやつだよ」
「同意する」
イリスが剣を抜いた。
「数が多いわ。広場の人たちを守りながら戦うなら、分かれたほうがいい」
「俺とイリスで右側を抑える」
ガロンが言う。
「レイフィアは左。ミュゼは後ろの人たちを頼む」
「分かった!」
「セレスは?」
レイフィアが尋ねる。
広場の中央。
銀仮面の男と、巨大な魔法陣。
セレスはそこを見る。
「核へ行く」
「一人で?」
「一人じゃない」
セレスは仲間たちを見る。
「道を作ってくれる」
ガロンが口元を上げた。
「言うようになったな」
「頼む」
「任せろ!」
黒い兵たちが、一斉に動く。
「来るぞ!」
ガロンが大剣を振り抜く。
先頭の二体をまとめて押し返し、地面へ叩きつける。
イリスが横へ滑り込み、剣で敵の足元を斬る。
黒い粘液が崩れ、一瞬だけ動きが止まる。
「右は私たちで止めるわ!」
「レイフィア!」
「分かってる!」
レイフィアの細剣が、左側の敵の関節を狙う。
正面からは受けない。
素早く横へ回り込み、粘液の薄い部分へ的確な一撃を重ねていく。
「ミュゼ、まだ避難できていない人がいる!」
「今行く!」
ミュゼは杖を掲げ、倒れていた衛兵へ回復魔法をかける。
「立てる? 大丈夫、ゆっくりでいいから!」
セレスは前へ走る。
仲間が作った隙間を抜け、魔法陣の中心へ近づいていく。
黒い兵が一体、正面に立ち塞がった。
腕を振り上げ、粘液の槍を突き出す。
セレスは、ガロンの踏み込みを思い出す。
足に力を込め、横へ跳ぶ。
槍を避ける。
次に、イリスの剣筋。
最小の動きで相手の腕を流し、手首を狙う。
白銀の紋様が光る。
剣の柄が、偽紋様を打ち抜いた。
黒い兵が崩れる。
さらに一体。
レイフィアのように、相手の懐へ滑り込む。
細い隙間を見つけ、剣を突き入れる。
黒い粘液が散り、道が開く。
「行け!」
ガロンの声が飛ぶ。
セレスは最後の距離を駆ける。
魔法陣の中心。
銀仮面の男が、動かずに立っていた。
「仲間の力を繋ぐか」
男は静かに言った。
「面白い。だが、所詮は借り物だ」
「借り物でいい」
セレスは剣を構える。
「一人で持てないものを、みんなで持つ」
「愚かだ」
銀仮面の男が手を振る。
魔法陣の中心から、黒赤い鎖が伸びる。
セレスの左手首へ絡みつく。
「仲間がいるから弱くなる。失うものがあるから、迷う」
鎖が、腕へ食い込む。
白銀の紋様が、激しく光る。
「その迷いこそが、力を鈍らせる」
「違う」
セレスは鎖を掴む。
痛みが走る。
頭の中へ、黒ローブたちが集めた無数の願いが流れ込む。
守りたい。
負けたくない。
失いたくない。
強くなりたい。
苦しさと恐怖が、波のように押し寄せる。
けれど、その中に。
ガロンの声。
イリスの剣。
レイフィアの踏み込み。
ミュゼの温かい光。
仲間たちの存在がある。
迷いではない。
自分が一人ではないと知る力。
「失いたくないから、守る」
セレスは言った。
「迷うから、勝手に決めつけない」
白銀の光が、鎖を包む。
「それが、俺の力だ」
魔法陣が震える。
銀仮面の男が、初めて一歩だけ後ろへ下がった。
「……まだ足りない」
男の手に、黒い水晶が現れる。
「ならば、街の全てを使う」
水晶が砕けた。
その瞬間。
広場だけではなく、ヴェルンハイム中から黒赤い光が空へ伸びた。
市場。
水路。
宿場通り。
倉庫街。
すべての偽紋様が、一本の巨大な光の柱へ集まっていく。
「セレス!」
ミュゼの叫び。
巨大な光が、魔法陣の中心へ落ちる。
衝撃が広場を揺らした。
セレスは、とっさに腕で顔を庇う。
白銀の紋様が、限界まで光る。
その光の中で。
銀仮面の男の声が、はっきりと響いた。
「来い。本物」
黒赤い光が、セレスの足元に大きな扉のような形を作る。
「お前の紋様が生まれた場所へ」
扉の向こうには、深い闇が広がっていた。
その奥から。
今まで感じたことのないほど強い、白銀の光が漏れていた。
第三十話を読んでいただき、ありがとうございます!
街の中心で、セレスたちは黒ローブの銀仮面と正面から対峙しました。
敵は「仲間がいるから弱くなる」と言います。
けれどセレスにとって、仲間は力を奪う存在ではなく、一人では抱えられないものを一緒に背負う存在です。
そして銀仮面は、セレスの紋様が生まれた場所へ続く扉を開きました。
次回、セレスたちは黒ローブたちの本拠地へ踏み込みます。
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