第二十八話 無色の名が広がる日
夜の倉庫街から戻ったセレスたち。
やったことは潜入、救出、戦闘、黒ローブ幹部との遭遇。
なかなか濃い夜でした。
そして翌朝。
ミュゼが最初に気にしたのは、寝不足より朝食でした。
倉庫街での騒ぎから一夜が明けた。
ヴェルンハイムの冒険者ギルドは、朝から落ち着かない空気に包まれていた。
受付前には、普段より多くの冒険者が集まっている。
誰もが小声で、昨夜の出来事について話していた。
「倉庫街で黒ローブの集団が見つかったらしい」
「地下に人が閉じ込められてたって」
「助けたのは、あの無色の銅ランクたちだろ?」
「またあいつらか……」
聞こえてくる言葉に、セレスは少しだけ肩を落とした。
「目立っている」
「今さらね」
隣を歩くイリスが言う。
「地下水路の件から、もう町では知られているわ」
「悪い意味じゃないよ」
ミュゼがすぐに続ける。
「昨日も、助けてもらってありがとうって言ってくれた人がいたし」
「そうだな」
ガロンも頷いた。
「無色だなんだって笑ってた連中も、さすがに今は何も言えねえだろ」
セレスは受付のほうを見る。
以前なら、「無色」という言葉を聞くたびに、周囲の目が冷たく感じた。
何もできない。
才能がない。
そう決めつけられているような気がしていた。
けれど今は違う。
昨日、倉庫で助けた人たち。
地下水路で守った人たち。
そして、隣で笑っている仲間たち。
無色でも、守れるものはある。
「……別に、呼び方は何でもいい」
セレスは短く言った。
「俺たちがやることは変わらない」
ミュゼが、嬉しそうに笑う。
「うん!」
「格好つけた言い方ね」
イリスが言う。
「そうか?」
「少しだけ」
そのやり取りを見て、レイフィアが小さく息を吐いた。
「……本当に、自然に言うのね」
「何が?」
「誰かを助けるとか、俺たちがやるとか」
レイフィアは視線を逸らす。
「普通は、もっと迷うものよ」
「迷っている」
セレスが答える。
「でも、見捨てるよりはいい」
レイフィアはしばらく黙っていた。
やがて、ほんの少しだけ笑った。
「……そういうところよ」
セレスたちはギルドマスターの執務室へ通された。
机の上には、倉庫街から回収された黒い瓶や、赤い鉱石の欠片が並んでいる。
昨夜救出された人たちは、全員命に別状はない。
だが、偽紋様を刻まれた者の何人かは、まだ意識が戻っていないらしい。
「まずは、よくやった」
ギルドマスターが言った。
「本来なら、調査だけで戻るはずの依頼だった。だが、お前たちは状況を見て救出を選んだ」
「助けられたなら、それでいい」
セレスが言う。
「ただ、黒ローブの男は逃げた」
「ああ。しかし、残したものも多い」
ギルドマスターは、机の上にあった地図を広げた。
昨夜、地下室で見つけたものと同じ地図。
ヴェルンハイムの町に、赤い印がいくつもついている。
「衛兵と協力して調べた。赤い印がついている場所の一部から、偽紋様に使われたものと同じ鉱石の粉が見つかった」
「やっぱり、もう仕掛けてあるんですね」
イリスが低く言う。
「ああ」
ギルドマスターは重く頷いた。
「ただ、術式がいつ動くのか、何を起こすのかはまだ分からん」
「全部、先に壊せないの?」
ミュゼが尋ねる。
「無理に触れれば暴走する危険がある。昨日の術式を見ただろう。街中で同じことが起きれば、被害はもっと大きくなる」
セレスは地図を見る。
赤い印は、倉庫街だけではない。
市場。
宿場通り。
水路の近く。
そして、冒険者ギルドの周辺。
人が多い場所ばかりだった。
「俺たちができることは?」
「今は、待機と情報収集だ」
ギルドマスターは答える。
「衛兵は各所を警戒している。お前たちは昨夜から動き続けている。少し休め」
「休んでいる間に、何か起きたら?」
レイフィアが言った。
「それなら、すぐに呼ぶ」
ギルドマスターの声は静かだった。
「お前たちだけで町を背負う必要はない。ギルドにも、衛兵にも役目がある」
レイフィアは言葉を失った。
少しだけ考えたあと、視線を伏せる。
「……分かったわ」
「それと」
ギルドマスターは、別の書類を取り出した。
「今回の働きを正式に評価し、追加報酬を出す」
机の上に、厚い革袋が置かれる。
中には、銀貨と金貨が入っていた。
ミュゼの目が大きくなる。
「これ、全部?」
「救出された人々への危険手当と、黒ローブ集団の拠点発見に対する特別報酬だ」
「すごい……!」
ガロンが袋を持ち上げる。
「前の地下水路のときよりも多いな」
「今回の件は、町全体に関わる可能性がある。お前たちの行動には、それだけの価値があった」
セレスは報酬袋を見る。
少し前なら、こんな金額を受け取ることは想像できなかった。
無色だから。
銅ランクだから。
そう言われて、低い依頼しか選べなかった自分が。
「……ありがたく受け取る」
「そうしろ」
ギルドマスターは少しだけ笑った。
「そして、もう一つある」
彼は引き出しから、五枚目の冒険者証を取り出した。
セレスたちの前に、そっと置く。
それは、レイフィアのものだった。
「レイフィア。お前の行動も、昨日の救出に大きく関わっている」
「私は……」
「単独行動を続けるかどうかは、お前が決めることだ。ただ、正式なパーティーとして行動するなら、届けを受理する」
ギルドマスターは、セレスたちを見る。
「どうする?」
一瞬、静かになる。
ミュゼがレイフィアを見る。
ガロンも、イリスも、何も急かさない。
セレスは短く言った。
「来るなら、歓迎する」
「……それだけ?」
「他に何がいる」
レイフィアは、少しだけ呆れたように笑った。
「普通は、もう少し気の利いたことを言うんじゃない?」
「思いつかない」
「でしょうね」
けれど、その声には嫌そうな響きはなかった。
レイフィアは、自分の冒険者証を手に取る。
指先で表面をなぞり、それから仲間たちを見る。
「私は、一人で追うつもりだった」
静かな声だった。
「昔のことを忘れないために。逃げた自分を許さないために」
細剣の柄を、そっと握る。
「でも……一人で追いかけていたら、また何も見えなくなるかもしれない」
ミュゼが、ゆっくり頷いた。
「一緒に見よう」
レイフィアの瞳が揺れる。
「怖いことも、嫌なこともあるかもしれないけど。みんなでなら、ちゃんと見られるよ」
「……ミュゼ」
「それに、レイフィアがいたら頼もしいし!」
「最後がそれ?」
「大事だよ!」
ガロンが笑う。
「細剣の腕は確かだ。俺も助かる」
「私も異論はないわ」
イリスが言った。
「あなたがいると、前衛の動きに幅が出るもの」
レイフィアは、最後にセレスを見る。
「セレスは?」
「言った」
「歓迎する、だけ?」
「歓迎する」
レイフィアはしばらく黙った。
やがて、困ったように笑う。
「……本当に変な人たちね」
彼女は冒険者証を胸元へ戻した。
「分かったわ。私も一緒に行く」
ミュゼが椅子から立ち上がった。
「やった!」
「正式に加入、ということでいいのか?」
ギルドマスターが確認する。
レイフィアは頷く。
「ええ。これからは、五人で動く」
その言葉に、セレスは少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じた。
無色だった自分の隣に。
いつの間にか、四人も仲間がいる。
それは、少し不思議で。
でも、悪くない。
執務室を出たあと。
ミュゼは報酬袋を抱えたまま、真剣な顔をしていた。
「今日はお祝いだね」
「休めと言われたばかりだ」
「お祝いは休息の一部だよ」
「昨日も似たことを言っていたな」
「理屈としては正しいわ」
イリスが言う。
セレスが横を見る。
「イリスまで?」
「たまには、何も考えずに食べる時間も必要よ」
「私は前からそう言ってるよ!」
「ミュゼは、いつでもそう言ってる」
「それも正しいよ!」
レイフィアが、思わず小さく笑った。
その笑い声に、ミュゼがすぐに振り向く。
「レイフィアも笑った!」
「笑ってない」
「笑ったよね?」
「笑ってないわ」
「絶対笑った」
「……うるさい」
そんなやり取りをしながら、五人はギルドを出た。
町には、いつもの朝の賑わいが戻っている。
市場では商人たちが声を上げ、子どもたちが通りを走っている。
人々は、昨日の騒ぎなど知らないように見えた。
けれど。
市場の裏手。
誰もいない細い路地で。
石壁に描かれた赤い線が、かすかに光った。
黒と赤の粉末が、夜露を吸って脈打つ。
それは、まるで生き物の心臓のようだった。
遠く離れた場所。
黒ローブの男は、地下の暗い部屋で水晶を見つめていた。
「五人になったか」
水晶の中には、ギルドを出るセレスたちの姿が映っている。
「仲間が増えるほど、紋様の理解は深まる」
男は、ゆっくりと笑った。
「ならば、より大きな絶望を与えればいい」
男の手元には、ヴェルンハイムの地図があった。
赤い印は、すべて繋がっている。
「第三段階を、予定より早く進める」
水晶の中で。
セレスの左手首が、ほんの一瞬だけ白銀に光った。
第二十八話を読んでいただき、ありがとうございます!
倉庫街での救出を経て、セレスたちの「無色」は少しずつ町で違う意味を持ち始めています。
そしてレイフィアが、正式に五人目の仲間となりました。
細剣を使う速さと正確さで、これからの戦いに新しい幅が生まれそうです。
ただし、黒ローブ側は五人になったセレスたちを見ながら、計画を早めています。
次回、ヴェルンハイム各地に仕込まれた偽紋様が動き出します。
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