第二十一話 偽物の紋様
地下水路の異変は解決。
……したはずだった。
報酬の話、食事の話、そして少しだけ増えた仲間。
今日くらいは平和に終わると思っていたセレスだったが、世の中はそう都合よくできていないらしい。
地下水路から戻った翌朝。
冒険者ギルドの受付前には、いつもより多くの人が集まっていた。
「おお、来たぞ」
「無色の銅ランクだ」
「地下水路の魔物を片付けたって、本当か?」
聞こえてくる声に、セレスは小さく息を吐く。
無色。
以前なら、落ちこぼれを指す言葉だった。
けれど今は違う。
測れない。
どれだけ強くても、鑑定水晶には何も映らない。
それでも、セレスは依頼をこなし、魔物を倒し、仲間と一緒に結果を残してきた。
「なんか、見られてるね」
隣を歩くミュゼが、楽しそうに笑う。
「気にしなくていい。見てるだけなら、害はない」
「セレスって、こういうとき本当に強いよね」
「慣れただけだ」
セレスがそう答えると、後ろからガロンが苦笑した。
「昔の俺なら、その“無色”って言葉だけで勝手に判断してたんだよな」
「反省しているなら、それでいい」
「お前、たまに言い方が年上なんだよ」
「気のせいだ」
イリスが横で小さく笑った。
「ふふ。ガロンが言い返せないのは、珍しいですね」
「イリスまで笑うなよ……」
そんなやり取りをしながら、四人は受付へ向かう。
受付嬢は、セレスたちを見るとすぐに立ち上がった。
「セレスさん、ガロンさん、ミュゼさん、イリスさん。地下水路の調査依頼について、ギルドマスターから直接お話があります」
「ギルドマスターから?」
ミュゼが目を丸くする。
「はい。想定より危険度の高い案件でしたので」
案内された先は、以前より一度だけ入ったことのある執務室だった。
重い扉を開けると、机の向こうにいたギルドマスターが顔を上げる。
「来たか。座れ」
短い言葉だった。
セレスたちは言われたとおり、並んだ椅子に腰を下ろす。
「まずは、地下水路の異変を解決したことへの礼を言う。あのまま放置していれば、魔物は水路を抜けて市街地へ入り込んでいた可能性が高い」
「そこまでだったんですか?」
ミュゼの表情が少し曇る。
「ああ。粘液に覆われた魔物の数、行方不明者の痕跡、そして奥にあった異様な術式。どれも通常の魔物被害とは違う」
ギルドマスターは机の上に置かれた布包みを、こちらへ滑らせた。
「依頼達成報酬に加え、危険手当と特別報奨だ。五人で分けろ」
ガロンが包みを開く。
中に入っていた硬貨の量を見て、目を見開いた。
「……おい。これ、本当に全部か?」
「間違いない」
「多い……!」
ミュゼが身を乗り出す。
「これなら新しい杖の素材も買えるし、回復薬も補充できるし……あっ、みんなでおいしいものも食べられるね!」
「最後が一番大きそうですね」
イリスが穏やかに言うと、ミュゼは少しだけ頬を膨らませた。
「だって、おいしいものは大事だよ」
「否定はしない」
セレスが言うと、ミュゼはすぐに笑顔になった。
ギルドマスターはそんな様子を見ながら、一度だけ表情を緩めた。
「それと、レイフィアという冒険者についてだが」
名前が出た瞬間、セレスは少しだけ背筋を伸ばした。
「彼女には単独で動く事情があるようだ。しかし、今回の働きは見過ごせない。しばらく町に滞在するなら、お前たちと情報を共有してほしい」
「分かりました」
答えたのはセレスだった。
地下水路でのレイフィアは、最初から最後までどこか無理をしていた。
強がっているというより、一人で抱え込むことに慣れすぎているように見えた。
「それから」
ギルドマスターの声が低くなる。
「水路の奥に残されていた術式については、調査班を入れている。お前たちはしばらく、余計な単独行動は控えろ」
「危険なものなんですか?」
イリスが尋ねる。
「まだ断定はできん。ただ、魔物を操るためだけのものではない。誰かが、あそこで何かを作ろうとしていた形跡がある」
部屋の空気が少しだけ重くなった。
セレスは無意識に、左手首の銀の腕輪へ触れる。
その下に隠された紋様は、今は何の反応も見せていない。
けれど、地下水路の奥で感じた熱だけは、まだ記憶に残っていた。
「分かりました。気をつけます」
「頼んだぞ。無色の銅ランク」
ギルドマスターはそう言った。
その声に、以前のような侮りはなかった。
ただ、期待だけがあった。
ギルドを出たあと。
ミュゼは報酬袋を抱えながら、いつも以上に足取りを軽くしていた。
「今日はお祝いだよ! 絶対に!」
「依頼が終わっただけだ」
「だからお祝いなんだよ」
「理屈が雑ですね」
イリスが笑う。
「でも、私も賛成です。久しぶりに落ち着いて食事をしたいですし」
「ガロンは?」
「俺も異論はない。地下水路の中で変なもんばっか見た後だ。温かい飯くらい食わせてくれ」
「決まり!」
ミュゼが両手を上げる。
そのとき。
「あんたたち、ずいぶん楽しそうね」
少し離れた場所から、聞き覚えのある声がした。
振り向くと、壁際にレイフィアが立っていた。
赤い髪を揺らし、いつものように腕を組んでいる。
「レイフィア!」
ミュゼが大きく手を振る。
「ちょうどよかった。一緒にご飯食べよう!」
「え?」
レイフィアは珍しく、言葉に詰まった。
「報酬も出たし、お祝いなんです」
イリスが自然に続ける。
「無理にとは言いませんが、よろしければ」
「私は……」
レイフィアは視線を逸らした。
一人で食事をすることに慣れているのだろう。
断る理由を探しているようにも見えた。
セレスは、少しだけ考えてから言った。
「来ればいい。食事は一人より、人数が多いほうが楽しい」
レイフィアはセレスを見る。
「……あんた、そういうことを平気で言うのね」
「そうか?」
「そうよ」
しばらく沈黙したあと、レイフィアは小さく息を吐いた。
「……一回だけよ」
「よし、決まり!」
ミュゼがすぐにレイフィアの腕を取る。
「おすすめのお店があるんだよ!」
「ちょ、ちょっと。引っ張らないで」
珍しく慌てるレイフィアを見て、ガロンが笑いをこらえていた。
五人で入ったのは、ギルド近くの小さな食堂だった。
昼時を過ぎていたため、店内はそれほど混んでいない。
木のテーブルを囲み、それぞれが好きな料理を注文する。
「セレスは何にするの?」
「肉とパン」
「またそれ?」
「食べやすい」
「野菜も食べなきゃ駄目だよ」
「ミュゼは母親か」
「違うよ!」
即座に否定するミュゼに、イリスが笑う。
レイフィアは少し離れた場所に座っていたが、いつの間にか会話に耳を傾けていた。
「……あなたたち、いつもこんな感じなの?」
「だいたいこうですね」
イリスが答える。
「もっと静かなパーティーだと思っていました」
「俺は静かにしたいんだがな」
ガロンが言う。
「ガロンは顔がうるさい」
「どういう意味だよ!」
「怖そうな顔をしている」
「それは生まれつきだ!」
店内に笑いが広がる。
レイフィアは最初、呆れたような顔をしていた。
けれど、料理が運ばれてきて、ミュゼが自分の皿から小さな果実を差し出したとき。
「これ、おいしいよ。食べる?」
「……いらない」
「遠慮しなくていいのに」
「遠慮じゃなくて」
レイフィアは少し迷ってから、果実を受け取った。
一口食べる。
その表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「……悪くないわね」
「でしょ!」
ミュゼは自分のことのように喜んだ。
その時間は、思っていたより穏やかだった。
地下水路の臭いも、粘つく魔物の感触も、今だけは遠くに感じる。
セレスは温かいスープを口に運びながら、ふと左手首に視線を落とした。
銀の腕輪の下。
紋様は、何も語らない。
けれど。
なぜか、胸の奥が少しだけ落ち着かなかった。
同じ頃。
ヴェルンハイムの地下。
封鎖されたはずの水路の、さらに奥。
灯りのない空間に、黒いローブをまとった男たちが立っていた。
「調査班が入った」
「想定内です」
低い声が返る。
床には、砕けた石板と、黒い液体の跡。
そして中央には、誰かの腕だったものが転がっていた。
腕には、焼けただれたような不自然な紋様が刻まれている。
白銀ではない。
濁った黒と赤が混ざった、歪な模様。
「また失敗か」
「はい。器が耐えられませんでした」
「紋様の再現には、まだ遠い」
黒ローブの男は、床に転がった腕を見下ろす。
「本物は、やはり別格だ」
男の手には、小さな水晶が握られていた。
水晶の中には、地下水路で記録された映像が揺れている。
そこに映っていたのは、魔物の力を借り、仲間を守る一人の少女だった。
白銀の髪。
左右で色の違う瞳。
そして、手首に浮かぶ白銀の紋様。
「対象を確認した」
男の口元が、ゆっくりと歪む。
「女神の遺物。唯一の成功例」
別の男が、静かに尋ねる。
「回収しますか?」
「まだだ」
黒ローブの男は答える。
「壊すな。あれは、我々が作り出せなかった本物だ」
暗闇の中で、水晶に映るセレスの姿だけが揺れていた。
「追跡を開始しろ」
その声は、地下の奥深くへ冷たく響いた。
「次は、必ず手に入れる」
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第二十一話を読んでいただき、ありがとうございます!
地下水路の依頼が終わり、少しだけ平和な食事回……のはずが、やはり不穏な影が近づいてきました。
セレスの紋様は何なのか。
そして黒ローブたちが作ろうとしている「偽物」とは。
次回から、セレスたちの日常の裏側で敵の動きが少しずつ見えてきます。
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