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女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第五章 鎖の少女、選ぶ

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第百二十三話 坑道の奥で

リンと、初めてちゃんと話します。

「座って。……そこ、壁から離れたところ」


 リンが、部屋の隅を指さした。言われた通りに腰を下ろすと、リンとの間には、手を伸ばしても届かないくらいの距離が空いた。


 わざとだ、とセレスは思った。


「途中の魔物、お前が片付けたのか」


「うん。湧いてくるの、ぜんぶ断った。……町の人、困ってたから」


 リンは、膝の上で右手を握ったり開いたりしていた。


「ここの壁、北の塔のより強いの。ここにいると、黒いのがあんまり動かない。頭も、静かになる。だから、ここにした」


「どうやって抜けてきた」


「今夜は、練習の日じゃないから。白い髪の人も、ほかの町に行ってる。……でも、ばれると思う。鈴が鳴ったら、行かなきゃいけない」


 リンは、自分の首筋に触れた。顎の下まで這い上がった黒い線が、壁の青白い光を受けて、鈍く光っていた。


「抜けてきた分、また伸びると思う。分かってて、来た」


 セレスは、何か言いかけて、やめた。


(……そこまでして、か)


 怒っても仕方がなかった。リンは、それを分かったうえで、ここにいる。


「話したいこと、って何だ」


 リンは、しばらく黙っていた。それから、一度だけ深く息を吸った。


「あの人がね、言ってたの。期日の前に、もう一回、あなたの前に立たせるって。その時は、あなたを全部断たせるって」


「全部?」


「糸だけじゃなくて、紋様ごと。……二度と、誰とも繋がれないように」


 部屋の冷たさが、急に背中に染みた。


 紋様ごと、断つ。仲間の力を束ねることも、結び直すことも、二度とできなくなる。旧王都で、仮面の男は言っていた。結んだ糸は、また断たせるまでだ、と。あれは、こういう意味だったのか。


「だから」


 リンは、セレスを見た。


「もう、来ないで。期日まで、ちょうだいって言ったの、取り消す。……追ってこなければ、私、あなたの前に立たなくて済むから」


「断る」


 即答だった。


 リンの眉が、困ったように下がった。


「……言うと思った」


「分かってるなら、手紙なんか書くな」


「書かないと、あなた、何も知らないまま来るでしょう」


 それは、その通りだった。セレスは、ばつが悪くなって頭を掻いた。


 ◇


「聞きたいことがある」


 しばらくして、セレスは言った。


「お前は、なんで、手を伸ばしてくる奴から切るんだ」


 リンの手が、膝の上で止まった。


「……あの人が、言ってたから」


「何を」


「私の手を取ったら、その人の中にも、黒いのが流れ込むって。私は器だから、触れた人まで呑んじゃうって。……だから、誰かが手を伸ばしてきたら、届く前に切らなきゃいけない。そうしないと、その人まで、私みたいになる」


 セレスは、すぐには返事ができなかった。


 ロッサ村で、ベルクは言っていた。あの子は、泣きそうな顔で、ごめんなさいと言ってから断った、と。


(守ってたつもりなのか。……切った相手を)


 伸びてくる手を断つのは、怖いからだけじゃなかった。相手を呑まないためだった。少なくとも、リンはそう信じている。


「それ、本当か」


「……分かんない。でも、ずっとそう言われてきた」


「北の塔の夜のこと、覚えてるか。扉越しに、手を当てた夜」


 リンが、小さく頷いた。


「あの夜、糸は止まった。お前が手を当てて、俺も手を当てた。両方から手を伸ばしたら、繋ぐ力は、糸を先へ進めるんじゃなくて、その場につなぎ止める力になる。女神が、そう言ってた」


「女神……?」


「知り合いだ。……とにかく、あの夜、俺は呑まれなかった。お前の黒いのは、こっちに流れてこなかった」


 リンは、セレスの顔をじっと見ていた。


 信じたい、という顔だった。そして、信じるのが怖い、という顔でもあった。


「……あれは、扉越しだったから」


 小さな声だった。


「扉がなかったら、どうなってたか、分かんないよ」


 セレスは、言い返さなかった。言い返せる証拠を、持っていなかった。


 ◇


「ねえ」


 今度は、リンのほうから口を開いた。


「ロッサの夜、あなたの奥に、白いのがあった。断る時に、ちょっとだけ見えたの。……私の奥にあるのと、同じだった」


「……俺も、見た」


 セレスは、腕輪の上から紋様を押さえた。


「お前の黒い線の下に、白くて細い光があった。俺の紋様と、根っこが同じに見えた」


「なんで、同じなんだろ」


「分からない」


 二人とも、しばらく黙った。壁の紋様が、ゆっくりと明滅している。


「この体ね、作られたんだって」


 リンが、自分の手のひらを見下ろしながら言った。


「器にするために、あの人たちが作ったんだって。……あなたのは?」


「俺のは」


 セレスは、少し考えてから答えた。


「間違えて寄越された」


「……え?」


「頼んでもないのに、手違いでこの体になった。文句を言う相手も、いまいち頼りにならない」


 リンは、ぽかんとセレスを見ていた。


 それから、ふっと、息が漏れた。


「……へんなの」


 笑った。


 口元を手で隠して、肩を小さく震わせて。泣きそうでもなく、崩れそうでもなく、ただ、おかしくて笑っていた。セレスが初めて見る、リンの笑い方だった。


「笑うなよ」


「だって、へんだもん。間違えてって」


「本当なんだから、仕方ないだろ」


 リンは、しばらく笑っていた。笑いが収まると、目尻をこすって、少しだけ柔らかくなった顔で言った。


「じゃあ、私たち、どっちも選んでないんだね。この体」


「ああ。……でも」


 セレスは、リンの膝の上の右手を見た。


「あの手紙を書いたのは、お前の手だろ」


 リンが、自分の右手を見下ろした。


「作られた体でも、書いたのはお前だ。ここに来たのも、魔物を片付けたのも。……ロッサ村で、ガロンを深く切らなかったのも」


 リンは、何も言わなかった。


 右手の指が、ほんの少しだけ、膝の上でほどけた。


 握っていない手だった。断つ前の手でも、隠す手でもない。ただ、そこに置かれているだけの、十二、三の女の子の手だった。


 届かない距離のまま、セレスはその手を見ていた。


(伸ばさない。こっちからは)


 ロッサ村で決めたことだった。お前が決めろ、と言った。


 リンの指が、かすかに動いた。床の上を、ほんの指一本ぶんだけ、こちらへ滑る。


 その時だった。


「――楽しいお話でしたか」


 崩れた石壁の向こうから、穏やかな声がした。


 リンの手が、弾かれたように引っ込んだ。


 白い髪の男が、壁の隙間に立っていた。外套の裾に、坑道の土埃がついている。ほかの町へ行っていたはずの男が、いつの間にか、そこにいた。


「練習の日でもないのに、壁の外へ出てはいけませんよ。……あの方が、たいそうお気になさっています」


 男は、リンを見て、それからセレスを見た。


「そして、ちょうどいい。繋ぎ手が、ご自分から来てくださった」


 リンの顔から、さっきまでの柔らかさが、すうっと消えていった。


第百二十三話「坑道の奥で」をお読みいただき、ありがとうございます。


リンが手を取れない理由。そして、初めて見せた笑顔。「間違えて寄越された」は、セレスにしか言えない台詞でした。あと指一本のところで、また邪魔が入ります。よろしければ、ブックマーク・評価で応援していただけると励みになります。


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