↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の勘違いで女の子に転生した俺、ギルドで測定不能と言われたけど普通に無双してました  作者: 夜華カナタ
第五章 鎖の少女、選ぶ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
117/128

第百十七話 選ばなかった体

旧王都への道中です。今日の料理番は、いつもと違います。

 ロッサ村を発つ朝、ベルクが村の入り口まで見送りに出てきた。


「右手の指先が、ほんの少しだけ温かい気がするんだ」


 ベルクは、自分の手を朝日にかざしてみせた。握っても、まだ何も乗らない。それでも、昨日までとは違う顔をしていた。


「気のせいかもしれん。だが、あの子が『何日かで戻る』って言ったんなら、俺たちのも、いつかは戻るのかもしれないと思えてな」


「……戻るさ」


 セレスが言うと、ベルクは少し笑って、ガロンの肩を軽く叩いた。


「あんたも、早く治せよ。飯、うまかった」


 ガロンは、ふん、と鼻を鳴らしただけだった。


 ◇


 旧王都の跡までは、東の街道をあと三日。


 ガロンの大剣は、村で借りた荷馬車の荷台に積まれていた。本人は、その横を黙って歩いている。腕は動く。だが、重いものを握ろうとすると、指がすぐにほどけてしまう。大剣どころか、背負い袋の紐を締めるのにもミュゼの手を借りていた。


「……情けねえ」


 今朝から、もう三度目だった。


「情けなくないです。四度目を言ったら、私、怒りますからね」


 ミュゼが、ガロンの背負い袋を担ぎ直しながら言った。ガロンは何か言い返しかけて、口を閉じた。


 セレスも、似たようなものだった。


 右手の指先は、まだ何も感じない。剣は左手でも振れるし、握るだけなら右でもできる。けれど、柄の感触が分からないまま振るう剣は、どこか自分のものではないみたいで落ち着かなかった。


(……二人して、手が使えないってのもな)


 ガロンと目が合うと、ガロンは気まずそうに顔を背けた。似たようなことを考えていたらしい。


 ◇


 問題が起きたのは、その日の夕方、街道脇で野営の支度を始めた時だった。


「……で、誰が作るの?」


 レイフィアが、鍋と食材の袋を前にして首を傾げた。


 全員の視線が、自然とガロンに集まる。ガロンは、自分の手を見下ろした。包丁を握ろうとして、指がほどける。芋が、ころりと地面に転がった。


「……無理だな」


 沈黙が落ちた。


 ミュゼは、さっきから小鍋で薬草を煮出していた。治癒が効かないなら、せめて温めた湿布でガロンの腕をほぐしたいのだという。レイフィアは「食べられればいいでしょう」という顔をしているし、アルトは干し肉を齧れば済むと思っている。


「私がやるわ」


 イリスが、鍋の前に進み出た。


「案外、得意なのよ」


「この前、塩を入れすぎてましたよね」


 薬草の鍋をかき混ぜながら、ミュゼがさらりと言った。


「……あれは、鍋が小さかったのよ」


「今日の鍋も小さいぞ」


 ガロンにまで言われて、イリスは黙って一歩下がった。耳が、少し赤い。


 ガロンは深いため息をついてから、なぜかセレスのほうを見た。


「お前がやれ」


「俺?」


「一番、手際がよさそうだ。……俺が横で言う。その通りに動け」


 セレスは、自分の右手を見た。何も感じない指で、包丁を握る。


「……指、切っても分からないぞ」


「だから、ゆっくりやれ。急ぐ料理じゃねえ」


 それから一刻、野営地にはガロンの低い声が途切れなく響いた。


「芋は同じ大きさに切れ。火の通りが揃わねえ」


「そんな細かく――」


「細かくていい。……違う、その持ち方だと指ごといくぞ。左の指は丸めろ。猫の手だ」


「猫の手……」


「塩はまだだ。肉から先に焼け。焦げ目がついてから水を入れる。……おい、鍋を揺するな、落ち着け」


 ミュゼが、口元を押さえて肩を震わせている。レイフィアは堂々と笑っていた。


 セレスは、半分むくれながらも、言われた通りに手を動かした。何も感じない指先を、目で確かめながら。芋を切り、肉を焼き、干した香草を揉んで散らす。鍋から、だんだんとそれらしい匂いが立ちのぼってきた。


(……案外、なんとかなるもんだな)


 手の感覚がなくても、ガロンの声があれば、手は動いた。


 出来上がった煮込みは、いつもの味には遠く及ばなかった。芋は少し煮崩れていたし、塩もやや濃い。それでも、全員が黙って二杯目をよそった。


「……悪くねえ」


 ガロンが、ぼそりと言った。まだうまく握れない手でスプーンを持って、何度か取り落としかけながら、それでも最後まで自分で食べた。


「昔、な」


 鍋の底をさらいながら、ガロンがぽつりと言った。


「こうやって、横で口だけ出してたことがある。……手を出したら怒られてな。自分でやりたいんだって」


 誰に、とは言わなかった。セレスも、聞かなかった。


 ガロンはそれ以上何も話さずに、空になった鍋を見つめていた。焚き火の明かりの中で、その横顔が、ほんの一瞬だけ、戦場では見せたことのない顔になった。


 ◇


 夜更け、セレスは一人で小川へ降りた。


 鍋を洗うついでに、顔も洗いたかった。水は冷たく、月の光を細かく砕いている。鍋を水に沈めると、指先に何も感じないまま、手首から先だけが冷たさに包まれた。


 水面に、自分の顔が映っていた。


 白銀の長い髪。左右で色の違う目。眠たげな目元。少し前までは、鏡を見るたびに知らない誰かの顔だと思っていた。今でも、完全に慣れたとは言えない。


(リンの体は、作られたんだよな)


 塔の穀物庫で見た、痩せた肩。黒い線の走る腕。器、とあの男たちは呼んでいた。誰かが作って、誰かが満たすための体。リンは、それを自分で選んだわけじゃない。


 なら、自分はどうだ。


 セレスは、水面の顔をじっと見た。


 この体も、選んだものじゃない。女神が名簿を間違えて、気づいたらこの姿で目を覚ましていた。剣の勘は前の自分の名残で、紋様と腕輪は女神からの借り物だ。前の自分の手は、もっと大きくて、武骨だった。


 そこまで考えた時、胸の奥で何かが小さく鳴った。


 昨夜、リンの手の向こうに見えた、白くて細い光。自分の紋様と、根っこのところで同じだと感じたもの。あれは、偶然なんだろうか。


「冷えるわよ、こんなところで」


 背後から、声がした。イリスだった。外套を肩に掛けたまま、川辺の石に腰を下ろす。


「……鍋を洗ってただけだ」


「その割には、あんた、ずいぶん長く水面を見てたじゃない」


 イリスは、しばらく黙って川を眺めていた。それから、ぽつりと言った。


「前に、聞いたわよね。その体のこと、どう思ってるのかって」


「ああ。……まだ慣れてない、って答えた」


「今は?」


 セレスは、濡れた右手を水から上げた。何も感じない指先から、しずくが落ちていく。


「分からない。けど」


 言葉を探して、ゆっくりと続けた。


「今日、何も感じない手で、芋を切った。ガロンに言われるまま、指を丸めて、火加減を見て。……そしたら、ちゃんと飯ができた。手の感覚がなくても、動かしてるのは、俺だった」


 イリスは、黙って聞いていた。


「リンの体は、誰かが作った。俺のは、女神が間違えて寄越した。どっちも、自分で選んだもんじゃない。……でも、あいつが塔で俺の手を断ったのは、あいつの手だった。ロッサ村で、ガロンの前で振り返ったのも」


 水面の月が、少し揺れた。


「体を選べなくても、その手で何をするかは、選べるのかもしれない。……まだ、よく分からないけどな」


 イリスは、しばらく何も言わなかった。それから、小さく息を吐いた。


「私も、体は選べなかったわ。弱く生まれて、無色って言われて」


「……ああ」


「でも、剣を握ったのは私の手よ。あの人が何を言ってくれても、振ったのは私。……それだけは、誰にも取られないの」


 イリスは立ち上がって、外套の裾を払った。


「答えが出ないなら、今はそれでいいんじゃない。ほら、鍋。私が持つわ」


「……塩は量れないのに、鍋は持てるのか」


「うるさいわね」


 イリスは鍋をひったくると、先に土手を上がっていった。


 ◇


 二日目の昼、ガロンが背負い袋の紐を自分で締めた。


「……お」


 本人が一番驚いた顔をしていた。指はまだぎこちない。けれど、ほどけずに、しっかりと結び目ができていた。


「ガロンさん!」


「騒ぐな。紐くらいでよ」


 そう言いながら、ガロンの口の端は少しだけ上がっていた。リンの言った通りだった。深くは、切っていなかったのだ。


 セレスは、自分の右手を握ってみた。こちらは、まだ何も感じない。塔の穀物庫と、ロッサ村の夜。二度も断たれた指先は、ガロンの腕よりも戻りが遅いらしい。


(二度目は、深く切ったのか)


 リンは、ガロンには手加減をした。自分には、しなかった。それが何を意味しているのか、セレスにはまだ分からなかった。


 三日目の夕方、街道の先の丘を越えたところで、アルトが足を止めた。


「……見えたぞ」


 夕焼けの向こうに、崩れかけた塔の影がいくつも並んでいた。百年前に捨てられた都。ひび割れた城壁が、地平線に沿って長く伸びている。


 その中のひとつの塔の上で、かすかに、青白い光が瞬いた。


 塔の穀物庫の壁と、同じ色だった。


第百十七話「選ばなかった体」をお読みいただき、ありがとうございます。


 料理番がセレスに交代する、少し賑やかな野営回でした。そして、自分で選ばなかった体の話。答えはまだ出ていませんが、セレスは少しだけ前に進みました。次回、旧王都の跡へ。よろしければ、ブックマーク・評価で応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。